企業紹介

Vol.8
主役を引き立てるためのものづくり

奈良時代から続く「表具師」

-「表具師」という仕事について説明していただけますか。

表具師というのは、奈良時代からある職業です。もともとは、中国から伝わったお経の巻物や、つなぎ合わせた紙を一定間隔で折り畳む「折本」に仕立てる仕事をしたのが始まりとされます。「掛軸」や「屏風」をはじめとする美術品の修復や、寺院などの天井や壁の表装のほか、家の「ふすま」「障子」などの建具を扱うのが表具師の仕事です。ちなみに関東では「経師(きょうじ)」とも呼ばれていました。

-この道に入って何年になりますか。

なりたくて表具師になったわけではないのです(笑)。父も表具師でしたが、私が小学校2年の時に急死しました。母親は戸障子の張り替えをしながら姉二人、妹一人と私を育ててくれました。私も学校から帰ると自転車で戸障子の集配に出て回りました。高校を卒業するときに、学校の先生や親せきから「やはり家業を継ぐべきだ」と言われ、この道を選ぶことを決心しました。京都に修業に行け、という話があり、「親元を離れられる」という魅力から選んだというところでしょうか。

横山大観の作品にも触れた修業時代

-そのまま表具師になられたのですか。

京都での修行させていただいた表具師の親方は厳しい方でした。殴られるなどということはありませんでしたが、失敗が許されないという怖さがありました。ここでは実に貴重な経験も積ませてもらいました。横山大観や上村松園ら巨匠と呼ばれる方の作品に触れさせてもらいました。うっかりビューと切ってしまうと大変なことになりますから緊張しました。

-金沢にはいつ戻られたのですか。

5年間修業したのですが、親父が亡くなった後、手伝ってもらっていた職人さんが亡くなったため、本来は、修業のあとの「御礼奉公」といって一定期間、働いて御恩返しをするところですが、親方もそんな事情なら仕方がないと金沢に戻ることを認めてくれました。この春で金沢に戻って40年、表具師になって45年になります。

-仕事を取り巻く環境は変化してきていますね。

和風建築の住宅が減っていますので、表具師の仕事がなくなってきています。畳の間があっても、「畳コーナー」であって、「和室」ではないという家も少なくありません。ふすまの張り替えもめっきり減りました。障子の代わりにブラインド、床の間もなく掛け軸もいらないということになっています。障子の若い後継者も少なくなり、組合(石川県表具内装協同組合)でも将来の活路をどうやって切り拓くのかが大きな課題となっています。

-「ふすま張り」はどんな技術が隠されているのでしょうか。

きっちりとふすまを張ろうと思うと、下張りから上張りまで全部で8枚ないし10枚の紙を貼りあわせます。長期保存に強く、燃えにくいようにと、骨の部分に次々と和紙を重ねていきます。虫がつきにくいようにと、泥を混ぜた和紙を用いたり、大福帳や詠本など墨で文字が書かれた紙も使っています。

-掛け軸を仕上げるには何が大切なのでしょうか。

掛け軸の醍醐味は、作品に合わせて軸の配色や模様、素材を考えるところにあります。感性がないとだめです。ただし、「表具が勝つ」というのは、私たちの世界ではだめなんです。あくまでも表具は目立ってはいけない。主役は作品であって、表具は脇役。その人を引き立てる洋服を選ぶように、表具を仕上げなくてはいけないのです。

「可逆性」の仕事

-仕事場には、たくさんの道具が並んでいます。

刷毛に包丁に竹べら。どれも大切な道具です。刷毛は鹿の毛や馬の尻尾の毛など用途によって使い分けます。面白いのは、刷毛の形でどこで修業したかがわかるんです。丸は京都、角は江戸という具合に。和紙やふすまを切るには、カッターナイフではなくて、丸包丁が一番。一点で切るのではなく、半月状の刃先で切ることによって、布や紙に引っかかることがありません。竹べらなどは自分で作ります。道具一つひとつを手に合わせて使いやすようになじませていくんです。

-実に奥の深い仕事だということが分かりました。

表具は「可逆性」の仕事なんです。50年、100年経った将来、直すことを考えて仕事をしなくてはいけません。張り替えるときのことを想定して糊の濃度を考えなくてはだめなんです。紙一枚一枚に思いを込めて仕事をします。待っていたお客様に喜んでいただくことが私たちの仕事だと思っています。

文:加茂谷慎治、写真:木和田里美、動画:相羽 大輔

取材日:2011年3月14日

編集後記

古い屏風に描かれた絵が表具師の方によって美しい掛け軸に仕立て直されるのを目の当たりにしたことがあります。美術品に新しい息吹を吹き込む職人の技です。大場さんの話からは、秀でた技を持ち、仕事にこだわり続ける意地がうかがえました。「表具が勝ってはいけない」。あくまでも主役は掛け軸や屏風の作品であって、表具ではないという心得。「表具は可逆性の仕事」。50年後、100年後のことを考えた仕事をしなくては本物といえないという心組み。自信と誇りに満ちたプロフェッショナルの生きざまを垣間見た取材でした。(加茂谷 慎治)

企業概要

名称 芳古堂
所在地
石川県金沢市菊川1丁目8-8
事業内容 表具(戸障子、ふすま、掛け軸、屏風)の仕立て

代表者プロフィール

氏名 大場昭雄(おおば・あきお)
生年 1947年
経歴 金沢市生まれ。高校卒業後、京都の表具屋で修業、1971年から芳古堂に戻る。2005年月より石川県表具内装協同組合理事長。

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