#12

2017.09.29

金沢のデザインの現場から

担当ディレクター:久松陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2017年9月29日、第12回は、「金沢のデザインの現場から」
聞き手は、久松 陽一ディレクター。

久松ディレクターより
「金沢に根ざしてやってこられた橋本さんだからわかること、伝えていくべきことがあると思います。金沢ADC大学としても、若手のデザイナーやこれからデザイナーになる人たちが一緒になって盛り上がっていくと、地域がどんどん面白くなってくると思います。これからも楽しみです!」

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金沢のデザイン

金沢は、他の地方都市と比較すると、デザインやクリエイティブに関して、わりと、というより、かなり力を持っている都市だといえるだろう。歴史的文化の蓄積もあるし、美術系の大学も有している。そんな金沢ではたらくデザイナーたちは、どんな考え方をしているのか、どんな悩みを抱えながら、あるいはどんなところに手応えを感じながら仕事をしているのだろうか。
金沢のデザイナーやクリエイター、約50名程が所属する「金沢ADC(アートディレクターズクラブ)」。今回の登壇者である金沢ADC会員3名の話を通してわかるのは、三者三様の姿勢があり、視点があり、デザインがあるということ。そして感じるのは、個々の多様なデザイナーの力が組みあわさることでかたどられる「金沢のデザイン」という存在の可能性だ。

橋本謙次郎さんの場合

橋本謙次郎さんは、デザイナー歴25年、金沢を代表するベテラングラフィックデザイナーである。生まれは白山市旧美川町。小中学生時代を白山市で過ごし、金沢の高校に進学。高校2年生のときに美大に進むことを決意し、金沢美術工芸大学に入学。卒業後は東京の広告代理店クリエイティブ局での勤務や金沢のデザイン専門学校の講師などの経験を経て独立し、現在に至る。金沢で知らない人はいないであろう「いいね金沢」のロゴマーク、金沢マラソンのポスターや商品パッケージ制作を担当しているほか、金沢ADCの会長も務めるなど、金沢のデザイン業界をけん引する存在だ。

そんな橋本さんがデザイナーとして仕事をする上で、重要だと語るのは「初動」。

「僕は初動を大事にしています。だからこそ、オリエン(オリエンテーション)※はとても大切だと思っています。オリエンでクライアントから話を聞いて持ち帰り、そこから考えてスタートするデザイナーさんも多いですが、僕はそこでいかに方向性が見えるようにするかに重きを置いています。最初であればクライアントもありのままの考えが出やすい。クイックで丁寧なレスポンスは信頼にもつながります。」

まず仕事の依頼を受けたなら、直接会って、クライアントの心にある思いを聞く。そこで、ヒントになる言葉を引き出す。そこからデザインの仕事がはじまるというのが橋本さんのスタンスだ。

「『なかがわら胃腸科クリニック』さんの例では、まず、ロゴや看板、名刺デザインの依頼をいただきました。最初に行った打ち合わせのときに、クライアントである院長から『なかがわら』という名前が覚えにくいので、親しみやすく覚えてもらいたいという話があったんです。そこで、ロゴとでセットで、スローガン的な言葉を提案することになりました。」

スローガンとなる言葉を探しているとき、ふと「なかがわら」とひらがな文字を見た橋本さんの頭の中に「おなかがわらう」という言葉が浮かぶ。「なかがわら」と「おなかがわらう」。胃腸の病院であり、笑うというのはポジティブな印象を与える。それに、親しみをもって名前を覚えてもらいたいという依頼もかなえられる。

「初対面のときに頭に浮んだものを企画書にまとめて、提案しました。院長夫妻にも気に入ってもらえ、『おなかがわらう』をキーワードにデザイン制作に入っていきました。」

たとえば、「なかがわら」という言葉とその意味を追及したところで、「なかがわら」は名前であり「なかがわら」のままである。しかし、その言葉から一旦意味を外し、画像として見つめてみることにより、形状が似ている「おなかがわらう」が浮かびあがってくる。この段階で「おなかがわらう」は意味の抽象化された象徴(シンボル)だ。橋本さんは、そのシンボルに対し、本来の意味(お腹が笑う)に加え、関連する事実や願い(なかがわら胃腸科クリニック、内蔵が健康になってほしいなど)、あるいは視覚的な要素(なかがわら)を紐づける。そうすることで、「おなかがわらう」は、なかがわら胃腸科クリニックにとって特別な言葉へと変わる。その言葉をもとに意匠を構築していくことで、想いとカタチの一致したデザインが生まれるのだ。

この、言葉(意味、想い)とデザイン(カタチ)の相互の連関、化学反応みたいなものを生むことができるのが、橋本さん独自のものづくりであり、橋本さんの持つ力なのだろう。


なかがわら胃腸科クリニックの、ロゴとスローガンのデザイン。最終的に第一案(左)に決定した。

「おなかが健康で笑顔になることをイメージしてつくりました。名前の一部をつかったデザインや、胃腸科の英訳を生かしたデザインなど、3案を制作しましたが、僕としては、1案目が本命です。プレゼンでは、ロゴの書体や色についてのバリエーション、名刺や封筒への展開例も同時に提案しました。」

結果、提案を受けた院長夫妻も、その場で第1案に即決した。それは、橋本さんのいうところの「初動」の部分でクライアントの意見をしっかりと汲みとり、さらにその想いに寄り添ったカタチだったからだろうし、クライアントとデザイナーで思いが共有できていたからの結果なのだろう。

「僕らデザイナーは信頼を売る仕事かなと思っています。信頼ってなにかというと、技術、人柄、お客様に対する姿勢。実績。良い仕事をしていたり、賞をとっていたり。積み上げてきた年月の力もあるかもしれない。僕は、クライアントから意見をもらいながら、詰めていくようにしています。クイックで丁寧なレスポンスをすると、信頼は高まります。」

また、橋本さんは自身を「喜ばせ屋」と呼ぶ。

「人を喜ばせるということが、この仕事の基本にあります。これをやったら喜んでくれるだろうと考えます。」


なかがわら胃腸科クリニックのポスターの一部。おなかに手を当てて笑顔で「なかがわらポーズ」。依頼にはなかったが、患者さんとのコミュニケーションツールとして、人の笑顔が見える写真とメッセージで表現した院内ポスターも制作した。クライアントである院長をはじめ、患者さんからも好評を得ている。

誰かを喜ばせるために作っているからこそ、自分の頭に浮かんだものをカタチにする際には、客観的な意見をもらうことを欠かさない。

「自分の奥さんなど、できるだけ客観視できる人にデザインを見てもらいます。デザインは客観視されるものなので、一般の方の目線はとても重要です。言っていることに納得したら作り直すこともあります。」

頭にある構想をカタチにし、それを多くの人に見てもらい客観視して、修正していく。
その繰り返しが、デザインの力になるという。

「ものを作るというのは、キャリアも年齢も関係ない。やるかどうかです。学生でも課題をやっている以外に、自分のやりたいことをカタチにしているかどうか。デザイナーであっても、日常の仕事以外に、自分のものづくりをするかどうか、その人次第です。」

※オリエンテーション:広告主(クライアント)が広告会社(デザイナー)に対し、デザイン制作に先立って、基本的な考え方、商品の内容説明、留意点、予算、スケジュールなどを示すこと。オリエンと略されることが多い。

横山真紀さんの場合

横山真紀さんは、金沢ADC公開審査グランプリ受賞経験を持つ、人気のグラフィックデザイナーである。富山県生まれ。富山大学(旧高岡短期大学)卒業後、印刷会社の企画開発部に就職。
結婚を機に石川県に移り住み、フリーで活動を続けた後、約12年前に「横山真紀デザイン室」を設立し現在に至る。

「10年間子育て期間を過ごしていたので、フリーとして、またデザイナーとしての不安もありました。自分がここにいることを知って欲しいという想いもあり、石川県のデザイン展に出展したりしました。その時、橋本さんに『このポスターは横山さんが作ったの?いいね』というような言葉をいただいて。その言葉が光っていて。その言葉を励みにエンジンをかけ、自分のデザイン室を立ち上げるに至りました。」

そんな横山さんのデザインに対するアプローチは、まず、ものごとを分解することからはじまるという。

「いつも頭の中で、ものごとを分解するということをしています。バラバラにして組み立てなおすという方法をもって、仕事をしています。因数分解して、それらを組み合わせていくという作業です。最初からあった要素を組み合わせながら、新しいものを作っていく。アルゴリズムにも似ている考え方だと思います。」


横山さんがデザインしたオフィスCUEのポスター。日本地図を分解して世界地図を描いたもの

その手法がわかりやすく表現されているのが、「オフィスCUE」のアナウンサー募集のポスターである。石川県から世界へというテーマで、日本の各都道府県の地図をバラバラに分解し、もう一度組み立てなおしてみると、世界地図ができあがった。そのほかにも、山中漆器のブランド「NUSSUA」では、本来は最初に木を削って、色を付ける山中塗りを、まず色を塗ってから削るという発想で、女性向けの白い漆器のデザインを生みだした。先入観や前提条件を崩して、新しい見方をしていくものづくりだ。

「分解して違う目線で見て、考え続けると、必ずつながることが出てきます。どこかから突然降ってくるわけではなく、いつも考えているなかで、ふっとつながるんです。」

ところで、横山さんは今でも、まず手で書くことを大事にしているという。パソコンで書いた文字は、人間が書く数千分の1しか表現できないと考え、まずは一度手で書いてから、データをとりこむという作業をしているという。手書きからデジタル化する、一度分解して組み立てなおす、どちらも遠回りに見えるが、その過程こそがもっとも本質に近づくことのできる道なのだろう。そしてそのひと手間が、繊細で上質なデザインを生むのである。

柳谷内正志さんの場合

さて、そんな横山さん、あるいは橋本さんとは少々異なるスタンスで
「ワンアイデアでホームランになるときもある」
と語るのが、三人目の登壇者、柳谷内さんである。

柳谷内正志さんは、国際デザインカレッジ金沢(現大原情報デザインアート専門学校)を卒業し、金沢市内のデザイン事務所を経て独立。代表的な仕事は、石川テレビのキャラクター「石川さん」のデザインキャンペーンなど。基本的には、代理店を通さず、クライアントと直接仕事をしている。

「安いけど夢のある仕事の話をします。ある日、石川テレビさんから電話がかかってきました。『お願いするのを忘れていた。北陸コピーライターズクラブに出さなきゃいけない協賛広告がある。締め切りは今日です』と。橋本さんの言っていた初動も何もありません。そこでもう45分くらいでアイデアを出しました。コピーライターズクラブの協賛広告なんだから、もうコピーはその人たちに考えてもらおうと思い、泣いている石川さんの下に『コピーが完成しません。ここに入れてください』と書きました。泣いているのは石川さんですが、本当に泣いていたのは僕です。」


柳谷内さんがデザインした石川テレビの北陸コピーライターズクラブ協賛広告

なんとも斬新な考え方であるが、このワンアイデアで入稿した広告は、結果、2013年、金沢ADCの新聞雑誌広告部門賞を受賞した。肩ひじ張らないものづくりをするのが柳谷内さんらしさなのだろう。「リサイクル瓦チップ」のパッケージデザイン誕生のいきさつも面白い。

「普段からお仕事させていただいているリフォーム会社から『3万円しかないけどパッケージのデザインを手伝ってほしい』と言われました。廃材の瓦を砕いて再利用している会社のリサイクルチップなのですが、橋本さんのようにオリエンでアイデアが浮かぶこともなく、持ち帰って考えていました。3万円では正直モチベーションはあがりません。けれども、考えながら、『瓦』という文字を書いてみたら、『あ、これリサイクルマークだ』と気づいたんです。ただの奇跡です。」

このデザインも、結果、2016年金沢ADC準グランプリ作品となった。

ここで、誤解のないように補足しておくと、柳谷内さんの仕事は、決して手抜きだったり、雑なのではない。橋本さんのいう、クイックなレスポンスができる人であり、それは代理店を通さない対個人との仕事だから生まれることでもある。クライアントにとってはそれが非常にありがたいというシーンも多いと思う。それに、対個人で仕事をしている分、普段からそのクライアントと柳谷内さんは互いに人柄を知りあっているのだろうし、その気兼ねのなさみたいなものが、ラフで楽しいものづくりを実現しているのである。

一方、いわゆるマス(大量生産、大手企業)ではないデザインの仕事だからこそ金額的な問題はつきものである。

「金額交渉のときはいつも、つまづいてます。こちらが思っているデザイン料とお客さんが思っているデザイン料ってやっぱりギャップがある。根本から説明しないといけなかったりしますし、今でも交渉のたびに説明しています。」

これは地方都市で活動するデザイナーたちが抱えるリアルな課題だといえる。どうしても、デザイン=表層の美しさととらえられてしまうことが多いなかで、カタチにいたるまでの過程やその知恵、デザインをつくるという行為にどのくらいの価値を見出すか、クライアント側と制作側の差は深い。

金沢ADCと、金沢ADC大学

そこで、金沢でのデザイナーの存在や価値を広め、その地位向上を目指して活動しているのが、橋本さんが会長を務める金沢ADCなのである。

金沢ADCは、金沢のさまざまなジャンルのクリエイターが集う会員制組織である。名前ではアートディレクターと称してはいるものの、― 金沢ADC の指す「アートディレクター」とは特定の専門職能をさすものではなく、「ディレクション意識を共有できるクリエイター全般」を(金沢ADCウェブサイトより引用)― を意味する。クリエイターの自己研鑽の場となることと、金沢においてのクリエイターの地位向上を目指し、毎年1回、その年の成果品を公募し、審査会を行うほか、受賞作品の展示や、「KanazawaADC 年鑑」としてのパブリッシングも担う。

「金沢ADCでは、できるだけ多くの方に出品してほしいと考えています。審査員は東京や大阪からトップクリエイターを招きます。賞をもらったからなんだということもあるかもしれないけれど、自分のなかで何か変わる可能性は高いです。見られることで不思議と変わることがあります。」

さらに、金沢ADCでは、新たな歩みをはじめている。それが「金沢ADC大学」である。

金沢ADC大学は、金沢ADCが開催するトークを中心とした場である。これまでADCの審査委員を務めたトップクリエイターに加えて、金沢ADC会員も登壇することで、これまで少なかった、地元の先輩クリエイターと若手クリエイターがつながり、気軽に話をできる関係を築きたいと橋本さんは考える。

「金沢で長年仕事をしてきたからこそわかることや、伝えられることがあるのではないかと思っています。金沢のデザイナーの人たちがどんなふうに考えてデザインしているのか、普段金沢で仕事をしていて考えること、フリーに至った話や、受賞者の裏話など、そういう話を身近な距離で聞いたり伝えたいと思っています。」

トップクリエイターからの話は刺激にもなるし、デザイナーの技術を高める絶好の機会だろう。しかし、ここ金沢という現場で仕事をするからには、培うべき、この地ならではの習わし、考え方、ものづくりがあるのもまた事実だ。

デザインはかっこいい、おしゃれ、だからよいというのではない。仕事としてのデザインの基本が、クライアントの想いをカタチにすることだとすれば、クライアントが人である限り、彼らの背景にある地域性、歴史文化みたいなものを理解することがとても大事なことになる。まして、マスメディアではないローカルならではの仕事では、前提にもなるだろう。それぞれのアプローチの仕方は違っても、橋本さん、横山さん、柳谷内さんはクライアントの依頼から、そういった背景的な要素を透かしで編み込みながら、デザインとしてカタチにしていく人たちだと思う。だからこそ彼らの生むデザインは、この場所でしか生まれ得ないものともいえるのだ。

今はまだ、個々の存在なのかもしれないが、これから、金沢ADCというハブ的存在を通じて、彼らのようなデザイナー同士がつながり、時に刺激し競い合うことで、この場所でしかなしえない「金沢のデザイン」という一つの洗練された存在、あるいはローカルのデザインにかかる一つの新たな価値観が生まれ確立していくのだろう。それらがいずれ、地域全体に染み出して、この場所から、広く発信されていくことを、楽しみにしたい。

話し手
 橋本 謙次郎(はしもと けんじろう)グラフィックデザイナー・金沢ADC会長
 横山 真紀(よこやま まき) アートディレクター・デザイナー・金沢ADC会員
 柳谷内 正志(やなぎやち まさし) グラフィックデザイナー・金沢ADC事務局長

聞き手
久松 陽一 ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター(株式会社Hotchkiss)


鶴沢木綿子

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