#23

2018.05.23

生涯現役のITエンジニアライフ

担当ディレクター:福島 健一郎

「企業で働くエンジニアの皆さんは、サラリーマンエンジニアとしてどう生きていくか、どう働いていけばよいか、それこそこのままで良いのか?と悩んでいる人も多いと思います。今回の平田さんの生き方はその一つの答えだと思いますので、ぜひご覧ください」。

第23回のゲストは、平田 豊 さん
兵庫県出身の42歳。20年間、大手IT企業でエンジニアとして活躍するかたわら、テクニカルライターとしての執筆活動、ターミナルエミュレータ「TeraTerm」のオープンソース活動を続けてきた。2013年から金沢へ移住、2018年には大手IT企業を退社し、今後の活動を模索中。

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エンジニアとしての強みをプロデュース

有名なターミナルエミュレータTeraTermのオープンソース化で知られる平田 豊さん。高校時代の課外授業で初めてプログラミングにふれ、大学の情報学部では、Pascal、ML、Prolog、C言語、Javaといったプログラミング言語を学んだ。大学卒業後、大手IT企業へ就職。開発の現場に20年、最後の4年間はマネジメントにも従事、忙しい日々を送ったが、そのエンジニアライフは決して理想どおりとはいかなかった。

「ぼくはソフトウェアに興味があったのですが、配属されたのは、サーバーやメインフレームなどハードを作る部署でした。最初の5年間はHP-UXデバイスドライバを作り、その後、組込み系のファームウェアの仕事を15年間やりました。最初は嫌でした。忙しくて、帰って寝るだけの時期が続きました。ドライバの仕事は、アプリケーションと違って縁の下の力持ちのような存在で、一般の人が聞いたら、何それ?って思われがち。ドライバだけのスキルを持っていても、あまり強みにならないと思いました。」

ひょうひょうとした口調で語られる内容から、エンジニアという仕事の厳しさも見えてくる。ITバブルがはじけ、会社を去っていく仲間をみて、平田さんが意識したのがエンジニアとして強みを持つことだった。サラリーマンを辞めても、自分のスキルとしてアピールでき、世の中で役立つこと。平田さんにとって、それが、テクニカルライターとしての執筆活動とTeraTermのオープンソース化だった。

「自分の本を残すこと」がモチベーションに

平田さんは、これまで著者や監修者として13冊以上の本を出版している。大学時代、I/O別冊『Computer fan SPECIAL』に自身のプログラムが掲載されたことをきっかけに、雑誌等で記事を書き始めた。サラリーマンとして4年が経った2001年には1冊目となる『正規表現入門』を執筆している。

「1冊目を書いたら、その本自体が宣伝効果となり、別媒体の編集者からすぐに声がかかりました。1冊目を発刊した1か月後には2冊目の『これからはじめるperl&CGI入門ゼミナール』への執筆を依頼するメールが届きましたから。1、2冊目は、自分の本が出るというのが、うれしくて夢中でやりました。楽しくてしょうがなかった。自分の名前が入った本が出るのは、モチベーションになります。親兄弟や親戚も喜んでくれますし。3冊目以降は、自分の本を残していこうという気持ちが強くなり、自ら出版社へ企画を持ち込み始めました。」

しかし、企業に籍を置きながらの執筆活動。軋轢はなかったのだろうか。

「企業名を出さないということで折り合いをつけました。就業規則とか、いろんな制約がありますが、会社の言うことを従順に聞いていたら何もできませんよ。サラリーマンエンジニアの中にも、執筆活動やソフトウェアの開発をやっている人はたくさんいます。」

「注目度が高いメジャーなものをつくる」という戦略

平田さんは20年間で、多くの本を執筆してきた。しかし、IT技術の進歩は早く、関連する技術書の寿命は短い。1年程で廃刊になることもめずらしくない。本の執筆以外にも自分で手掛けた何かを残すことを考え、取り組んだのが、TeraTermのオープンソース化だった。

「13冊の著書を発刊しましたが、今、実質販売しているのは3冊だけ。本を書いたから読んでみてねって言いたいけど言えないんですよ、1年くらいで廃刊になっちゃうから。5冊目を発刊したあたりから本だけじゃだめだって思いました。他に、一生残る何かを作りたいと思いました。」

平田さんが個人で開発を始めたのが2004年。同年にUTF-8サポート版、SSH2に対応したTTSSHをベータ版として公開。原作者の許可を得て、OSDNでBSDライセンスのもとUTF-8 TeraTerm Pro with TTSSH2としてオープンソース化した。2008年には改称し、TeraTermが正式名称になっている。開発は今年で14年目に入り、今も継続中だ。若い世代のエンジニアには馴染みが薄いだろうが、90年代に、WindowsユーザーでUNIXの仕事に関わっている人なら誰もが使う身近なソフトウェアがTeraTermだった。

「最初にTeraTermをオープンソース化する時、名前からTeraTermを取っちゃだめだと思いました。変えていたら、違うソフトウェアになって、知名度が低かったはず。私がやる前に、オリジナルのTeraTerm Proの改造やカスタマイズをしている人もいました。でも、オープンソフトウェアとして謳っていなかったので、おそらく原作者と連絡が付かなかったのだと思います。制作者のホームページに載せるだけ。検索しても引っかからないことが多いので、多くの人に使ってもらえない状況でした。私がオープンソース化し始めた頃の悩みが、なかなか気づいてもらえないこと。検索すると、オリジナルのTeraTerm Pro2.3が上位にきて、私が作ったものは2、3ページ目にしかこない。だから、当初は皮肉なことにオリジナルのTeraTerm Proが天敵だったんです。もっと宣伝しなきゃなと思いました。」

「当時、TeraTerm は新しくならないのかなと思っていたところにUTF-8サポート版が出ましたよね。それをぼくの会社の誰かが見つけて、情報が社内のエンジニアに広がっていった記憶があります。でも、最初に見つけられる人がいなければ、知らなかったかもしれないですね。」(ナビゲーターの福島健一郎さん)

TeraTerm のオープンソース化を始めた当初は、Gitもないし、.NET Frameworkが盛り上がる前の時代。Git Hubなどさまざまな開発環境やプログラミング言語が登場した今、オープンソース活動の敷居は低くなっているという。

「オープンソース活動がしやすい状況にはなったとはいっても、やるならメジャーなものに取り組んだほうがいい。宣伝もしまくらないと。そうしないと、多くの人には使ってもらえません。私はオープンソース活動をすることで執筆の仕事が増え、そちらで宣伝もしました。」

「好きだから」という気持ちはモチベーションになるが、それだけでは個人的な趣味レベルで終わってしまう。平田さんは戦略的な視点を持ち、執筆活動を通して自ら宣伝の役目も担っている。それが、多くのユーザーに受け入れられ、世に残るものを生み出すことにつながっているのだろう。

就職か、起業か、フリーランスか。次のエンジニアライフ

平田さんは2018年3月に20年間勤めていたIT企業を退社し、現在はフリーという立場だ。時間を十分に使える今、何を考え、どう過ごしているのだろうか。

「会社を辞めて2カ月間、濃密な時間を過ごしました。いろんな勉強会に参加し、モチモチトークにもこうして呼んでもらえました。ITの交流会など平日のイベントに顔を出しやすくなったので、積極的に参加しています。執筆活動では、編集者へのレスポンスが早くできるようになったのもフリーになって良かったこと。今はフリーですが、周りからは起業を勧められています。でも、就職活動をしようかなと考えています。エンジニアとして開発の現場にこだわるのではなく、サブのところでエンジニアのスキルを生かすということもできます。例えば、技術を教える勉強会や交流会を開くこともできます。現場だから、スキルが上がるとも限らないので。あまり、あせらずにじっくり考えようと思っています。こういう場に出るのも、就職活動になるんですよ。」

東京から金沢に移住したのが2013年。知人を増やそうと参加したITの交流会や勉強会が刺激となっている。第1回目でゲストとして招かれた「組込みエンジニアフォーラム」ではいつのまにか自身が主催になっていた。退職後は、『@ITエンジニアライフ』『@IT』での執筆も始めている。

「北陸では勉強会や交流会をたくさんやっています。参加すると、楽しくてしょうがない。横にも広がっていきます。これからも継続していこうと思っています。」

最後に、「平田さんのモチベーションは?」という質問に対して、
「執筆活動に関しては、継続することに意味があると思っています。本は寿命があるので、だからこそ続けないといけない。これから就職活動をするにしても、これが私の作品ですと提示するには、書き続けないといけない。」と答えていたのが印象的だった。

サラリーマンエンジニアとして、業務の域を超えた何かをしようとする人、しない人。
現時点で、多くは後者かもしれない。平田さんのように企業に勤めながら強みとなるさまざまな活動をし、世の中に届ける人は貴重といえる。サラリーマンとフリーランスのいずれの立場でも、エンジニアとして働く人にとって、平田さんの生き方は何らかのヒントを与えてくれるはずだ。

話し手
平田 豊
テクニカルライター

聞き手
福島 健一郎
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(アイパブリッシング株式会社代表取締役)

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