#27

2018.09.20

「森の仕事 ~森業~」

担当ディレクター:久松陽一

久松ディレクターより 「「森業」という言葉にハッとさせられました。今あることに疑問を持ち、そこに可能性を見いだそうと動くのはなかなか大変なこと。
森に経済を生み出す未来を想像するだけでワクワクします。加藤さんにはどんどん突き進んでほしいですね。今後の活動が楽しみです。」

第27回のゲストは、ルーティヴ株式会社代表取締役社長 加藤 麻美さん。

石川県能登町宇出津出身。金沢市在住。祖父が製材業、父が林業、母方の実家が奈良・吉野の林家という森の一家で生まれ育つ。ボランティアなどで自然保護活動を経験し、2016年5月に国産材を使った木製品の加工、販売をはじめ森のプロデュース、コンサルティングを行う会社「Rootive」を設立。

レポート印刷PDF

「林業」と言われることに違和感。「森業(もりぎょう)」と名乗る

自然豊かな里山の森の一家で育ち、幼少期には薪風呂の薪を取りにいくのが日課だったという加藤さん。起業のきっかけは23歳のときにドイツの森林について書かれた書籍を読み、森が持つ癒しの力に感銘を受けたことだった。ボランティア活動を経て森の危機を実感し、サラリーマンを辞めて起業を決意。立ち上げた会社は「根源」「根っこ」を意味するrootsから「Rootive」と名付けた。

「地面の下の世界っていうのは、目に見えません。その地面の下が1番大事で、いろんな植物の根が絡まりあっている。そういう共存性のある社会をつくりたいと思って名付けました。」

Rootiveは「森と生きるために、木を利用し、この地球に暮らす人々に安心と癒しを提供する」を企業理念に掲げ、県産材を使った木製品を企画、製造販売している。能登ヒバで作ったチャームやコースターなどのノベルティグッズをはじめ、クマよけの鈴といった山グッズの製作や、ゲストルームの壁一面に金沢産スギを施した宿泊施設のリノベーションなど多岐にわたる。

起業した当初、世間から「林業」と言われることに違和感を抱いた加藤さん。
「私がやっているのは木材を生産する林業じゃないと思って。言わば、森の出口を作る仕事。森の価値を丸ごと有価に変えたい、という思いで『森業』だったんです。」

木製品の製造にとどまらず、森をどのように活用していくかを企業と考え、企画する「森のプロデュース」、企業のCSRの一部として森の活用を提案、支援するコンサルティングも行っている。

また、加藤さんは、木と植物を用いたアート作品を作るワークショップ、薪割りや親子でトレッキングと植樹をするイベントなども各地で開催している。それはこんな思いからだった。
「『あたりまえを意識する』ことを常に自分の頭の中に入れていて、みなさんにもメッセージとしてそれを伝えたいんです。木や植物って全部その辺に生えている『あたりまえ』のもの。
それがこういうもの(形)になるんだって気づくことで、森に入るきっかけになってほしい。だからイベントも買い物だけでなく体験ができるようにしています。体験に勝るものはないですから。」

金沢市で開催し、3回目を迎えた体験型イベント「森の小屋のお祭り」には2000人が来場し、加藤さんは「イベントとして育ってきた」と手ごたえを感じていた。

森の価値を再認識し、経済を生み出す。株式会社としての決意

国土の7割が森林でありながら、木材自給率が3割と低い日本。
手入れされず放置された森林が問題となって久しい。

ディレクターの久松さんは「森や林業って大変な割にビジネスチャンスがなさそうに見えるんですね。そこに飛び込んで、本気で経済を生み出そうとしているのはすごく面白い」と、加藤さんに率直な思いをぶつける。

起業して3年目、加藤さんは「森業」をビジネスにしていく苦労と決意をこう語る。
「今、山は集団的放置、無責任のものになっている。みんな何かしないとダメだとは思っているけれど、誰かがやってくれるだろうと。でも山は誰かの持ち物なので勝手に入れないし、勝手に(ものを)取れない。山主さんが山に興味がなければ荒れていく一方。だから私は、山主さんが山や森の価値を再認識できるようなものを作って、それが売れることで山主さんに還る仕組みを作りたい。それはとても難しいと思いますが、ボランティアだけでは森は再生できないと感じ、あえて利益を出さなければならない『株式会社』にしたのです」。

売上がなければ意味がない。「森の可能性全てを有価に変えたい」と意気込む加藤さんだからこそ、ボランティア精神での森の保全ではなく、近年増加する登山客を狙った商品の開発や、企業が深く考えずに選んでしまいがちなノベルティグッズに注目するなど、マーケティングに力を注ぐ。

森の価値を再認識すべきなのは、山主やその周辺の人々に限ったことではない。加藤さんはヒトが自然のものを食べて人糞を出し、大地や森にミネラルを還元する循環の仕組みは、さまざまな産業や文化につながると指摘する。Rootiveの事業内容であるCSR活動支援は、社会貢献活動ではなく、企業が存続するために必要なことという。また、天然の肥料と森のミネラルが作物の収量に関係するために、自然や山について勉強する農家や、きれいな海を守ために山を整備するサーファーがいることを紹介し、こう続ける。

「山を何とかしなければならないと知っている人はやっているけど、多くの人は森がどういう状態なら健全なのかもわからない。林業は小学校の授業で学ぶのに、森のことは学ばないから。かといって急に授業っぽく押しつけがましくなるのも嫌で。だから子どもの時の体験って大事だなと思っています。」

悲観的に訴えるだけでは、森に興味を持つ人が増えるわけではない。ワクワクする楽しい入口を提供し、森の価値を再認識してもらうためにビジネスを広げているのだ。
久松さんは「アウトプットの仕方で(世間の捉え方は)全然変わるだろうなって。デザインの力ってもっと必要なんだろうなって思いました」と刺激を受けたようだった。

「金沢の、加藤です」。基本に忠実で、めげない営業力

ほったらかしになりがちで、時には「負の遺産」とも言われてしまう山の価値を再認識してもらい、ビジネスにつなげていくことは簡単ではない。加藤さんは起業1年目、とにかく全国の森林関係の大御所に会い「種をまいた」という。

30代と、県内の森林関係者の中でも若手で、まだ世間に馴染みのない「森業」をビジネス化するにあたり、営業の秘策はあるのだろうか。加藤さんが営業で大切にしているのは、
1. face to face
2. 次の日にはメールする
3. 通う
4. 口説き落とす
と、意外にも基本に忠実なことだった。

「電話だけだと基本断られるので、絶対会いに行かなくてはならない。日本全国どこへでも行きます。そして営業先の人にはもちろん、飲み屋で隣になった人にも次の日にメールします。飲み屋で名刺を出して『何やってるの?』って聞かれたら『森のことやってます』って。そうしたら『何それ?』ってなるじゃないですか?結構ビジネスチャンスになるんですよ。」

こう楽しそうに語る加藤さん。山岳雑誌「ワンダーフォーゲル」とコラボしたキャラクターグッズ制作も、飲み会で編集長と知り合ったことがきっかけだったと笑う。営業がうまくいかない時にはくじけないのだろうか。

「門前払いされそうになっても、そこで引き下がりません。担当者に会えるまでどうしたらいいか聞きますし、何回も通います。相手に会うのがたとえ4回目だとしても『金沢の、加藤です』って自分から言います。インプットさせるために。担当者も人なので、やっぱり人情で、何回も通えば『ちょっとやってみますか』ってなるんですよ。それを言うまで通うのが私のやり方です。下手(したて)に出て『もし何かあったらよろしく』ではなくて、欲しいものは欲しいってちゃんと伝えます。最強の下請けになろう、って。そう簡単にはめげないです。」

その行動力とあきらめない精神力は、起業する人だけでなくすべてのビジネスパーソンが手本とすべきだろう。

森の楽しさを伝えるために。「森の野望」は膨らむ

木や森に親しみ、価値を再認識してもらうための楽しい入口づくり。加藤さんのアイデアはまだまだ尽きない。「森の野望」と銘打ち、進展中の事業や構想を教えてくれた。
まずは「森のサテライトオフィス」。ワーキングスペースや図書館も含め、仕事に疲れたら読書をしに行ったり森を歩いたりできるスペースを作りたいという。二つめは「森のレンタル」。買うよりもレンタルのほうが、山主も借りる人も取り付きやすいのではないかと期待する。某通販サイトをもじった「Morizon」を試作し、薪や原木を気軽にインターネット購入できるようにしたいとも話す。

そして現在進行中の「小屋プロジェクト」について、特に生き生きと語ってくれたのが印象的だった。建材としては規格外の木材のみを使って小屋を建てるプロジェクトだ。輪島市にある「農家レストラン開元」で建設中の小屋は、能登ヒバを主材料とし、開閉式の屋根には竹を用いる予定という。

「春にお花見をしたり、本を読んだり、すぐそばを流れる川を散策したり。ここでは時間がゆっくり流れているので、誰もが気軽に癒される場所にしたい。ここへ来ると、木や竹がこんな使い方もできるんだと知るきっかけにもなるかもしれません。きっと楽しい小屋ができるので、ぜひ行ってみてください」。

さらに、石川県だけではなく、47都道府県の県木で小屋を作りたい!
と、さらなる野望も語ってくれた。
加えて、「農家レストラン開元」では年間を通したイベントも開催予定とのことで、そちらにも注目していきたい。

日本人にとって、身近であったはずなのに、身近ではなくなってしまった「森」や「山」が、実はビジネスの可能性を大いに秘めた「宝の山」であったことを再認識させられる内容だった。既存の概念にとらわれず、自身の肩書までも作ってしまう加藤さんの挑戦は始まったばかりだが、「森業」という言葉が世間に浸透するのはそう遠くはないかもしれない。

話し手
加藤 麻美 ルーティヴ株式会社代表取締役
(森のプロデュース、コンサルティング、企画)

聞き手
久松陽一
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター (株式会社Hotchkiss)

お問い合わせ

トップを目指す

トップを目指す