#30

2018.12.20

『ママがつくりたい』をビジネスに

担当ディレクター:久松陽一

毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2018年12月20日、第30回は、
『ママがつくりたい』をビジネスに
聞き手は、久松陽一ディレクター。

顧客の意見を取り入れて開発された商品が次々と出てきている中、ママである志賀さんも実際にママたちの意見を取り入れて、商品開発されています。「野菜のシロップ」も、ふとした農家さんとのやりとりからの「こんなのがあればいいのに」という発想から生まれ、ママたちの共感を得た商品になっています。これからもママの「ウフフ」をどんどんつくっていってほしいです。楽しみにしています。

第30回のゲストは「株式会社ウフフ」代表取締役社長 志賀 嘉子さん。
石川県珠洲市出身。新卒で挙式会場を運営する会社にウェディングプランナーとして入社。8年勤務後に退社し、出版社へ転職。その後起業し、ママさんスタッフだけで製造・販売する株式会社ウフフをスタート。海外出店を果たすなど、事業の幅を広げている。

レポート印刷PDF

社長のトラブルによりチームが解散。
「自分の大切なものは自分で守る」と起業を決意

人口減少社会を迎える日本では、女性の活躍に一層の期待がかかっている。なかでも主婦は出産を機に有能なひとが一線を離れてしまうケースが多く、彼女たちの社会進出を促進することで雇用不足を補える可能性が十分にある。

志賀嘉子さんが代表を務める株式会社ウフフは、主婦だけで構成されている会社だ。ママさんたちがアイディアを出しあって商品を開発し、愛情を込めてドーナツなどを手作りしている。

顧客もまた主婦層が中心。「ママたちが『ウフフ』と楽しみながら働く」ことをモットーに、「ウフフ ドーナチュ」という愛らしいネーミングで販売している。

「昔は家にお母さんがいて、手作りのドーナツやおやつを作ってくれました。今は共働きが増えて、そういう家庭が減ってきたように思います。忙しいママに代わって美味しいドーナツを作りたい、そんな思いでこの事業をスタートしました」。

そう笑顔で話す志賀さんは、ウェディングプランナーをしていた経歴を持つ。カップルの幸せを見守る華やかな仕事として憧れを抱き、一部上場している挙式運営会社へ就職。8年間をそこで過ごした。

しかし高崎で勤務している際、東日本大震災を経験。親元へ一度帰りたいと考え、退職して故郷の珠洲へと戻った。お父さんと一緒にトライアスロンに挑戦するなど一年間ほど充電期間を経て、仕事に復帰。次に選んだのは出版社だった。

「『500円でどや!?』という本を作ったところ、おかげさまでヒットしました。提携している飲食店へ本を持参し呈示すると、700円以上のランチを食べられる割引型のグルメ情報誌です。石川県でスタートし、富山、新潟、長野と広がっていきました。いろいろな土地を周り、営業の人を採用して事業を進めました」。

事業は軌道に乗り順調かと思われたが、結果は正反対だった。経営者のトラブルによって、チーム自体が解散することに。この事実に志賀さんはショックを受ける。

「寸暇を惜しんで働いて満足できる環境を整えられてきたのに、あっという間にチームがなくなってしまいました。もともと堅実な性格で起業なんて考えたこともなかったのですが、これを機にもう雇われたくはない、と考えるようになりました。自分が大切にしたいものは、自分で守るしかないと思ったんですね」。

かといってすぐに起業のアイディアが浮かんだわけではなかった。そこで一ヶ月間、海外へ一人旅に出かけた。最初はタイのリゾート地でのんびり過ごしていたが、つまらないと感じて隣のミャンマーへ。

「ミャンマーはこれから発展していく国です。多くのひとが個人事業主でした。きちんと生計を立ててたくましく生きているのを見て、自分でもやっていけると勇気をもらえましたね」。

新聞取材を受けて、主婦の起業が珍しいことだと知る

起業準備のあいだに結婚をし、まさに人生の転機を迎えていた志賀さん。日本へ戻ってからも営業代行という形で仕事の依頼が来ていたが、クライアントの意見を聞いて製品の改善をリクエストしても、ほとんど聞き入れてもらえない。そんな体験を通して、「自分が作ったものを販売したい」という気持ちが芽生えていった。

「ちょうど結婚したばかりで、これから子どもを生んで育てていくつもりでした。子育てしながらでも働ける、そんな仕組みを作りたいと思ったんですね。そこに子どもたちの好きなドーナツを合わせてみようかなとスタートしました」。

開業当初は、リッチモンドドーナツという名称だった。スタッフは志賀さんともうひとりのママさんの2人体制。作ったドーナツを冷凍して、全国発送を開始した。発注が入ったときだけドーナツを作り、発送して、仕事を終える。働きやすい時間だけ働くということを基本にした。

間もなく娘さんも誕生し、仕事に子育てにとめまぐるしく過ぎていく日々。その年の暮れに地元の新聞取材を初めて受けることになった。取材を終えて記事を見たところ、いちばん注目されていた点は「主婦が起業をした」という部分だった。そのことに志賀さんは驚いたという。

「私自身、色々と変化はあったけど、働くスタイルそのものは変わっていないんですよね。でも世間が持つ主婦のイメージは、お煎餅を食べてテレビを見てという感じなのかなと。主婦が起業することそのものが注目ポイントなんだと、そのときに気付かされました」。

試行錯誤の末、地元食材を使ったドーナツを開発

ちょうどそのころから、地元食材を使ったドーナツの開発もスタートした。出産・育児で営業に回れない期間があり、売上が徐々に落ちていった。そのときにこの店でしか食べられないオリジナルドーナツの製造を思いついたのだ。しかし開発は一筋縄ではいかなかった。

「最初は野菜のペーストを混ぜ込んで作ってみました。でも水分量の調整がうまくいかず、美味しいものができあがらない。野菜の味もしない。そんな風に悩んでいたら、友達の農家さんが『この芋を使ってみて』と食材を渡してくれたんです。そのときに火の入れ方を教わりアドバイスを受けながら作ってみたら、甘みのある美味しいドーナツができました。食材一つひとつに最適な方法があるんだなと、そのときに教わりました」。

徐々に農家さんとの交流も増えていき、規格外の野菜や新しい野菜をもらっていくうち、ドーナツの種類は数え切れないほど増えていった。

地元食材を使ったドーナツを出してからは、通販ブランド・ディノスのお歳暮用のカタログに掲載されたり、他県のカフェへドーナツを卸すようにもなっていく。またプレゼンテーションの大会へ出場した際、そこで出会った人との縁が広がり、徐々に販路が増えていったという。

「商品のプレゼンテーションをする大会へ何度か出ていますが、いまだに受賞経験はありません。でもそのときに審査してくださった方が紹介してくれて、ローソンのお歳暮カタログに掲載していただけました。なんでもやってみればいいことがあると思いましたね」。

農家さんとの取り組みを進めるうちに、「いしかわエコデザイン賞へエントリーしてみては」と声がかかる。規格外の野菜やフルーツを使ってドーナツを作っていることが評価され、食品としてはじめて金賞を受賞するにいたった。
しかも受賞のプレゼンテーションの様子がYouTubeにアップされ、それを見た韓国のトヨタの人から「ぜひCMに使いたい」と、お店がロケ地に抜擢。エコを打ち出しているカムリという車種のイメージとリンクしたことで、思わぬ展開へと発展したのだった。

ママ・地元食材・エコと、ウフフドーナチュを構成するキーワードがひとつひとつできあがっていく。

「もともはリッチモンドドーナツという名称でスタートしましたが、お店や私の印象と少しズレているなと感じ始めたんです。そこで2018年8月にウフフドーナチュへとリブランディングしました。周りの人からは、せっかく少しずつ浸透してきているのにもったいない!と言われましたが、自分でもしっくりきたし変えてよかったと思っています」と志賀さんはケロリと話す。

ママの意見を取り入れて、新しい商品を世の中へ

2018年の夏には香港のバイヤーに誘われて、香港へも進出した。今では2店舗へ卸している。起業当初は海外など考えてもみなかったというが、「可能性を否定してはいけないとわかった」と販路の視野を海外にまで広げている。

現在は新商品であるシロップの開発に邁進中だ。着想のヒントは、農家さんのマルシェに参加したときのこと。収穫物がないシーズンでも「お客さんと話をしたいから」という理由でマルシェに参加している農家さんがいた。「オフシーズンでも販売できる何かがあればいいのに…」と思ったことがきっかけだった。

「野菜のシロップは、意外と販売しているところが少ないんです。そのまま水で薄めて飲料水にしてもいいし、お料理にだって使える。子どもが野菜を食べてくれない、と困っているお母さんはたくさんいます。そんなお母さんたちの手助けになれば嬉しいです」。

素材にこだわりつつ、規格外の野菜を使うなど価格も手の届きやすいものにしていく予定だ。クックパッドで野菜シロップの使い方を調べられるようにするなど、使い方の提案も開発と同時に企画している。

株式会社ウフフのスタッフは、志賀さんを含め7人。全員がママさんだ。そのなかには出版社時代に出会った長野在住の人もいる。妊娠・出産を控え休んでいたが、働きたいから雇ってほしいと打診があった。能力の高いひとだったため、無理のない程度でお願いすることに。

「主婦の方には、能力の高いひとがたくさんいます。みんなそのことに気づいていなくて、自分を過小評価してしまっているんです。働く時間に制限があるから、仕事を選べないというのもあるのだと思います。そういうひとたちの能力を活かしながら、働ける場所を増やしていきたいと思っています」。

商品開発においても自分だけで行うのではなく、スタッフや周りのママさんの意見をどんどん取り入れ、形にして、世の中へ出していく。自分たちの考えたものが受け入れられていくことで、ママたちのモチベーションも上がる。

株式会社ウフフでは、主婦を雇用することで好循環が生まれている。それとともに、志賀さんがこれまでの経験から得たノウハウや人脈をとても大切にしている様子がうかがえる。目先の利益を追うのではなく、理念経営を徹底し、幸せや価値観をスタッフと数多く共有している。
志賀さんのはじめたビジネスモデルは、ママたちの笑い声とともにこれからますます発展していきそうだ。

【話し手】
志賀 嘉子
株式会社ウフフ 代表取締役社長

【聞き手】
久松 陽一  
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター
(株式会社Hotchkiss アートディレクター)

一覧に戻る

お問い合わせ

トップを目指す

トップを目指す