#35

2019.06.21

丸八製茶場の『茶づくり』と『場づくり』

担当ディレクター:久松 陽一

毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2019年6月21日、第35回は、
「丸八製茶場の『茶づくり』と『場づくり』」。
聞き手は、久松陽一ディレクター。

江戸から明治・大正・昭和・平成・令和へと、加賀棒茶と共に150年を歩んできた丸八製茶場。おいしい日本茶の追求という理念を礎として、次なる50年に日本の豊かな食文化を継承するために、新たな「場づくり」を始めるといいます。

日本茶から生まれる新しい「場」とは、一体どんなものなのか。お茶農家や製茶業の「茶づくり」の現実から、新たなものを生み出す「場づくり」の狙いやその仕掛けなどを、代表取締役の丸谷誠慶さんに伺います。

<丸谷 誠慶 氏 / 株式会社丸八製茶場 代表取締役>

加賀市動橋町に本社を構える丸八製茶場代表取締役の丸谷誠慶さん。動橋町で生まれ育ち、大学進学で関西へ。カーナビメーカーでSE職を経験後、丸八製茶場 6代目代表を就任。伝統を守りつつ新たな視点で丸八製茶場を大きく成長させてきた。

レポート印刷PDF

「献上加賀棒茶」で庶民のお茶から方向転換

「一心三葉(いっしんさんよう)」とは、茶葉を収穫するときに葉っぱを傷つけないよう、茎から摘み取る手法である。

葉っぱの部分は緑茶として商品になる。
茎の部分はいらないものとして残ってしまう。

この茎の部分を静岡などでは「茎の緑茶」として売っていたが、石川では焙煎してほうじ茶にした。
お客さんを呼ぶときは緑茶、家族で飲むときはお番茶(茎の棒茶)として親しまれていた。

そんな、庶民のためのお茶が加賀で生まれ変わったのは昭和58年。
全国植樹祭で石川県へ来られた昭和天皇へお出しするために作られた最高のほうじ茶が、現在の丸八製茶場のメイン商品である「献上加賀棒茶」だ。

当時、石川県でどこよりも安いほうじ茶を売ろうと奔走していた丸八製茶場だが、経営は右肩下がりの状態だった。そんなタイミングで、昭和天皇がご宿泊される山代温泉のホテルから最高のほうじ茶作りの依頼が舞い込んだ。

この献上加賀棒茶作りがきっかけで、安さを追求した商品から高品質な商品作りへ方向転換をしたことにより、その後40年近く、丸八製茶場はさらなる成長を続けることができている。

現在のお茶業界について

「お茶に限ったことじゃないけど、お茶は結構大変な時代になってきています。」

日本製の茶葉は、摘み取った茶葉を蒸気で蒸して揉み込んで作る。技術が高い人が揉んだ茶葉はぴんぴんになって艶があり、それが価値であった。

しかし、ペットボトルになるとそれはなくていい。色が出ればいい。味がそれなりになればいい。

ペットボトルの飲料として大々的に作ることもあり、茶葉自体の生産量は増えているが、安い茶葉が大量に必要になる。
本来は葉が少ないうちに摘んだほうが揉みやすくておいしくなるのだが、質より量を重視するペットボトルメーカーはたくさん葉がついてから収穫すればいい。

そうやって、おいしいお茶を作る技術が伝達されなくなってきている。

おいしいお茶が売れなくなって、売れないからペットボトルメーカーにお茶を売ってしまう。

「農家が次の世代に事業を継げないのが問題なんです。農家さんが一番頑張って作った一番茶をもっと伝えていきたいです。」

野菜などと同じように、お茶も競りで競り落とす。これはいいシステムに見えるが、実は違う。
茶農家は高く売りたいし、買う側は安く買いたい。
競りに出されるお茶がどうやって作られたかは関係なくて、艶がよくて色が濃くて虫がついていないかを見る。そして買う側は安く買いたいからケチをつける。これは色が薄いとか虫がついているとか。
そうすると農家は色を良くするために肥料を使い、虫がつかないように農薬を使う。
そして蒸すときに重曹を入れる。発色はよくなるが苦くなるのでアミノ酸を入れる。
そんなお茶が高額で買われるようになる。

「だから、僕たちは農家に直接行って仕入れをします。」

若い人に本当に良いお茶を知ってもらいたいと、丸谷さんは話す。

お茶屋さんが作るコワーキングスペース

丸八製茶場の新しい試みとして、東山の店舗「一笑」の2階部分をコワーキングスペースにしようと動き始めているそうだ。

「築140年ほどの町屋の2階をギャラリーとして使用していますが、もっともっといろんなことができる空間にしたいと思っています。」

1階の喫茶ではスタッフがお茶を提供するが、2階は気軽に好きなお茶を楽しめる場にしたいという。
場所貸しの利益以上にお客さんからアイディアをもらえるのは価値があると考え、お客さんとスタッフがお茶を交えて雑談など交流をしながらアイディアを交換する。

あえて大きめの急須を置いておけば、1人がお茶を淹れると他の人にも配らないといけなくなってコミュニケーションが生まれるかもしれない。

「茶の間で、おじいちゃんおばあちゃんがお茶飲むから集まろうよ、という感じで、お茶があるから人が集まってくる。それを取り戻したいんです。悪いとは言わないけど、今は一人一人の時間が大切になってきてる。だからこそ、誰かのためにお茶をいれるという空間を作れないかなと思った。それで、2階のコワーキングスペースを考えました。知った人なら、あの人は熱いの苦手だからちょっと冷ましてあげるとか、思いやりが自然に生まれる空間を作りたいです。」

コワーキングスペースと聞くと白い壁のイメージが強いが、畳の和室でお茶を通してコミュニケーションができるのは珍しくて面白いかもしれない。
お茶がある中の雑談でイノベーションやアイディアが生まれる、そんな「お茶屋さんのコワーキングスペース」の完成は間近だ。

世界のお茶事情と日本の歴史

元は薬として使われていて、位の高い人専用だった煎茶を市民に広めたといわれているのが、売茶翁(ばいさおう)という禅僧だ。
この売茶翁がアメリカ西海岸での煎茶ブームに一役買っているらしい。

お茶の発祥は中国。
世界に伝わる過程で「ちゃ」と言う名前で広がったり、「て」として広がっていき、ヨーロッパではティと訛っていった。それが約2000年前。

中国発祥のティーハウスは社交の場として発展していった。
ペルーのクスコでは、お茶を飲むと高山病を防止するというように変化していった
マレーシアのヘタレとうところは紅茶にコンデンスミルクを加える。

日本では、室町時代頃にお茶が流行り始めたという。
5種類くらいの煎茶を飲み比べる「茶歌舞伎」という文化もあり、一時期賭博に発展して禁止令が出ていたそうだ。

「豊臣秀吉が行った茶会では様々な身分の人が集まったそうですね。秀吉の茶道具の自慢の場であったともいわれていますが、お茶を通して身分関係なく色々な人が集まることが面白いと思います。」

切捨御免の時代に、お茶の時だけは身分や対立を忘れて人間対人間で語り合う場として、千利休は茶室を作った。
90センチくらいの小さな扉を通らないと入れない茶室の造りは、刀を置かないと入れないようにするためだ。

そうやって、日本では昔からコミュニケーションの場づくりのためにお茶が活用されてきた。

お茶を通してのコミュニケーション

「お茶を通してのコミュニケーションの話に戻りますと、お茶の入れ方などのワークショップがとても良い取り組みだと思います。」

茶道などのしきたりが先行してしまって、難しそうに聞こえてしまうお茶の淹れ方だが、実はそんなに難しくはないと丸谷さんは言う。

熱すぎると飲めないので、どれくらいの温度で出すのかを考えることは大切。
緑茶は渋みとうまみのバランスがポイントで、渋みはカテキン、うまみはアミノ酸によって変化する。
うまみ成分は温度の差では変わらないが、渋みは温度が高いと多く出る。
そうやって、温度によって味の特徴を変えられることが難しさであり、また面白さでもある。

「丸八製茶場では、喫茶という場所でお茶を提供することを20数年やってきました。ただ、喫茶は非日常でお金を出せば準備したものが飲めますが、そもそも家庭で飲んでもらうことが増えないと需要が増えない。自分で淹れるというシーンを楽しんほしいです。」

こんなおしゃれな器具を使えるならやってみようかな、と思ってほしい。
子どもに茶を飲もうといわれたら断れないだろうから、そこから攻めていって大人にも新しいことを取り込んでもらえるようにしたいと丸谷さんは考えているようだ。

心を込めて淹れたお茶はおいしい。
一緒に飲む人を思いながら淹れるお茶からは相手を気遣う言葉や思いやりが生まれるからだ。
あの人はこれぐらいの温度が好きだったな、とか、好きな作家さんの器で出してあげようか、など、相手を思ってひと手間をかけること。そういったシーンは今後も消えることはないだろう。
先人たちはそうやって心を通わせ距離を近づけながらコミュニケーションをとり、お茶を通して真心が引き継がれると言われてきた。
そこに価値を見出すような場を作り出していけば、さらに様々なアイディアが生まれてくるかもしれない。

「場づくり」というときに、効率を意識するばかりに情報が偏ってしまうことがある。

効率だけを考えれば、お茶は短時間で飲むこともできる。
のどが渇いたときにごくごく飲めることも便利な一面ではあるが、コミュニケーションなどは排除されてしまう。
しかし、時間がかかるからこそできるコミュニケーションがある。

「最近は、忙しいわけではないけど効率化という言葉が流行ってるイメージがあります。何もかも時短や早くやろうということが重視されているけど、心の余裕がなくなってしまうことが怖いですね。僕たちは無駄な時間を作ろうとしています。ボーっとしてもらおうと思っています。そうすることで新しいアイディアが生まれるかもしれない。それをお茶が提供できれば、ありがたいと思います。」

これほど飲み物が増えてきたら、家族の中でも好きなものが違うことも出てくると思うが、お茶もかっこいいなという風に考えてくれたら嬉しい、と丸谷さん。

相手の醸し出す空気や目線などでほとんど情報を得ることができるのは人間の面白いところ。五感で得ることができる情報は少なくない。
言葉がないコミュニケーションを生み出すための空間をどうやって作っていくのか。
五感で感じる、お茶を通してのコミュニケーション。

こういった価値観を、ペットボトルじゃないところで取り戻していければ面白くなっていくだろう。

お茶の文化は国によっても違うが、のどの渇きを潤して一日の生活にリフレッシュを与える時間と場であることに変りはない。

ゆとりのある時間を作り出すことで、様々なアイディアが生まれるところ、それが丸谷さんの理想のお茶を通した「場づくり」である。

話し手
丸谷 誠慶 氏
(株式会社丸八製茶場 代表取締役)

聞き手
久松 陽一
(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター,
株式会社Hotchkiss アートディレクター)

お問い合わせ

トップを目指す

トップを目指す