#46

2020.07.30

「芸術と科学」から考える未来

担当ディレクター:久松 陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2020年7月30日、第46回は、
「「芸術と科学」から考える未来」。
聞き手は、久松 陽一ディレクター。

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国内外の芸術家たちと「芸術と科学」に関わるさまざまな展覧会を手がけてきた金沢21世紀美術館キュレーターの髙橋洋介 氏をお迎えします。芸術と科学が関わることとはどういうことなのか、関わることで未来のために何ができるのか。生死という観点も合わせて芸術から見た未来についてお話を伺いました。

【ゲストスピーカー】
(髙橋 洋介 氏 / 金沢21世紀美術館キュレーター)

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キュレーターとは

今では現代美術館の代表格ともなっている金沢21世紀美術館。そのキュレーターを務めているのが髙橋洋介さんだ。

キュレーターとは、日本では学芸員のことを指すことが多い。美術館などの展覧会を企画・運営に特化した専門職であり、美術館にどんなものを置き、展示するのかを選定する人のことをいう。

東京芸術大学では現代美術を学んだ髙橋さん。大学卒業後は2年半、学芸員見習いとして、青森県立美術館で下積みし、金沢21世紀美術館のキュレーターとなった。

「金沢21世紀美術館では、1980年代以降の現代美術を集めています。作品と言えば、絵画や彫刻などをパッと思い浮かべる方が多いですけど、近年の現代美術はそうではなくて。例えば、広場に設置されているラッパの作品。これは遠く離れたラッパ同士で知らない人とも話せるような仕組みになっています。」

金沢21世紀美術館では、単なる「モノ」ではなく、モノを通して生まれる「コミュニケーション」や関係性を重視した作品が多く集められているのだとか。

「モノだけでなく作品、そしてその周りにある文脈や関係性をどう見せるかがお仕事です。」

いまは、特にテクノロジー、科学技術と芸術の間にある作品を通して社会問題や未来などを考える取り組みを行っているのだとか。

「科学や芸術を通して、これから私たちがどう生きて死ぬかということを考えることがいま、非常に重要な問題になってきています。」

そんな科学や芸術を通して見る未来は、「生きることの未来」、「死ぬことの未来」、「死なないことの未来」といった、おおよそ3タイプに分けられる、と髙橋さんは言う。これまでの仕事を交えながら、さまざまな作品を通して新しい未来についての話を伺った。

生きることの未来とは?

かつて死は身近なものであり、死を仰ぐことで管理してきた社会だった。しかしこれからは、生きることを煽るような社会に成り得るし、もうすでになってもきている部分もある。

病気にならないための予防医学や再生医療の知識などが普及すればするほど、望むと望まざるとに関わらず、より長く生かされていく世界へと生まれ変わっていくのだ。
言わば、過剰とも言える「生の世界」へ変化していくと言っていいだろう。今後はきっと、「死なない」ということにフォーカスを当て、どんどん生きることを推進する都市や社会へと変わっていくのではないだろうか。

それを象徴するかのような作品が、今年3月まで東京の森美術館で開催していた「未来と芸術」展で展示されていた。

最先端のテクノロジーや科学などと融合したアートが揃う同展で、バイオアートを担当していたという髙橋さんは、遺伝子組換え生体を扱う作品のコーディネートや法務をやっていたのだそう。

なかでも、アメリカの芸術家のエイミー・カールが、2019年に3Dプリンターで作った人工心臓は、今後の医療現場でも役立つかもしれない作品である。血液の流れをより効率的に促すために、工学的に計算された人工心臓へと交換することで、実際に心不全になりにくくなる身体の未来を提案しているという。

ファッション産業でもまた、身体の未来を感じられる作品が続々と育成されている。

オーストラリアの芸術家オロン・カッツとイオナ・ズールは、細胞の一部を培養して動物を殺さずに作る革製品を生みだし、2004年に世界的に話題を呼んだ。通常、革製品を作る際は牛やキツネを殺し、皮をなめさなければならない。従来の製法であれば、動物を犠牲にせずには作りえなかった革製品。それを動物を殺さない製法を現行の矛盾もあわせのむ形で提示しているのだ。マウスとヒトの生きた細胞を合成し、革に似た素材を培養、継ぎ目のないレザージャケットを作るという。

今後は、皮膚の上にまた皮膚を着るような、服でありながら第二の皮膚を作ることがファッションのなかで起きていくのではないだろうか。今後のファッションは、身体そのものを人工的に進化させるものへと変わっていく日がくるかもしれない。

そんな技術がより容易となった大きな要因のひとつは、DNAの分析する際のコストダウンだ。2003年には1000億円以上かかっていたDNA分析は、短いスパンで大幅に価格が下がっていき、2015年には1万円という破格の値段になった。早すぎるとも言えるペースでコストダウンに至ったことが、21世紀の飛躍的なバイオテクノロジーの発達を支えている。

それと並行して、より手軽に科学とアートで新しい世界を作り出すことが可能となった。より正確に、より容易にDNAをデザインできるようになってくることによって、人間は、自身も含めた、新しい生物や身体をデザインし、素材として扱うことが今後はさらに増えるのかもしれない。

死ぬことの未来とは?

生きることが過剰な世界になると死も変わるという。いまは「死」は依然として人々の生活のなかにあり、日本でも生まれてくる人より死ぬ人の方が何十万人も多い「多死社会」とも言われている世の中となっている。そんな多死社会で、世界的に問題となっているのが「墓地問題」である。

東京や大阪のような、人口がより集中した大都市においては、年間何十万人という人が亡くなっている。そんな中で疑問視されているのが墓地の必要性だ。孤独死し、身よりがなくなった場合などにおいて、お墓の必要性の有無や宗教に依拠した葬送が議論を呼んでいる。

新しい死の問題はニューヨークも例外ではなかった。
2001年に起こった9.11では約3000人もの人々が亡くなった。その犠牲者を、どう弔うかが問題となっていたのだ。多民族が集まるニューヨークだからこそ、弔う際に問題となっていたのが宗教や文化であった。宗派が混ざりあった方たちをどのように弔えばいいのか、 かなり議論を重ねたそうだ。

そんな問題を解決しようと「デスラボ(死の研究所)」が、コロンビア大学に2013年に設立された。世界最先端の死の研究所として、現代に合う新しい死の開発に挑んだのだ。研究所に集められたのは、総勢28名の各分野の専門家たち。建築家カーラ・マリア・ロススタインを筆頭に生物学、民俗学、宗教学、社会学、エンジニア、デザイナーなどが集結した。

そのなかで彼らが提案したのが、マンハッタン橋のたもとに「光る墓地」を作るという案だった。橋のたもとには、繭のような光る棺が無数に浮かぶ。中にはメタン菌が住んでおり、亡くなった人をゆっくりと分解し、土に返してくれる働きをしてくれるとのこと。分解する過程は、骨まで残さないようにしてしまうという。

なかなか死者専用のスペースがとれないといったニューヨークの非常に深刻な問題も、この光る棺が解決の糸口になるだろう、と髙橋さんは言う。亡くなった人間の全てが自然に還元されることで、土葬などのスペースが不要にとなり、スペース問題の解決口とも成り得るのだ。

また、火葬においても、ニューヨークにとどまらず世界中で深刻な問題となっている。全世界では、毎年5600万人が亡くなっており、その数を火葬すると膨大なCO2が排出され、環境に負荷がかかりすぎてしまうのだ。

こういった点もあり、環境に負荷をかけず、場所を取らずに骨まで完全に分解できるというような形が提案されている。

「死体を分解する過程で熱やガスが放出されるのですが、それをエネルギーとして光に変えている点もまた興味深いんです。綺麗に言えば『死を光に変える』といった言い換えもできてしまうのかもしれません。おじいちゃんが星になったね、みたいな。でも、もっと物理的に言えば、死体を電池にして、都市に電力を供給するということでもあります。」 「腐敗」という過程で生じるエネルギーも余すことなく、エネルギー問題の解決に使おうという提案も同時に行っているとのこと。

だが、過激な提案でもあることから、これがすぐに受け入れられるわけではない。
「既にワシントンでは死体を肥料へと変えることを合法とする法律が可決されましたが、まだ倫理的な問題は残っていますからね。でも議論を進め、考え方をすり合わせるから、新しいものがうまれていくんです。」

バッシングがあって当たり前。「やっていいのか」それとも「やってはいけないことなのか」。こういったことは、議論をしながら、実際にやりながら判断していかないといけないのだとか。

「光に変わるということにはいろんな意味があるんです。これまでの墓地と言えば、墓石ですよね。石だからこそ、より冷たく固く暗いイメージを持ってしまうんです。でも、この案であれば墓地が温かい光に変わります。1年かけて分解されていくから、ゆっくり光が強くなって分解されて徐々になくなる。

突然の死というものは、戸惑ったり、心の準備ができていなかったりすることが多いと思います。でも1年間中、そこに死者が光として存在してくれている。だんだんと自然に還っていることが目でみられることで、死を受け入れる準備ができるようになると思うんですよね。」

この光る棺は、死人が分解されてなくなれば、次の人に明け渡されていく。大勢の人がその中で分解され、また誰かの死の祈りも移り変わっていくのだ。個人の祈りがそのまま人類全体への祈りともなり、繋がっていくのである。

「私たちの社会は、かつて生きていた人たちの上にあり、そこで生きてきた全ての人たちが、私たちの未来を照らす光にもなる。そこに貧富の格差はなく、民主主義的に死をどう扱えるかの答えが、ここにあるのではないでしょうか。」
今後も、どうやって個人に寄り添った死の形を発展させていくのかが課題であるのだ。

死なないこと、生きないことの未来とは?

「1番面白いのがこの『死なないこと、生きないことの未来』を考えさせてくれる作品たちなんです。先程の話を紐解いていくと、昨今は物質と生命の境目がますますなくなってきていることがわかります。」

最近では、そんな物質と生命の中間にあるものを素材にした作品が、多く誕生しているという。

例えば、画家ゴッホ。19世紀末に切り落とした自分の左耳をDNAから復元したドイツのディムット・ストレーブの作品。
ゴッホの末裔から細胞とDNAを採取し、遺伝子組み換えによりゴッホの遺伝情報を復元した。
復元された左耳は実際に生きている細胞からできており、耳だけがそこに生きている状態で存在している。
厳密に言えば、ゴッホではないのだが、ゴッホに限りなく近いものとなっているのだ。

また、イギリスのティナ・ゴヤンクの作品、ファッションデザイナーの名で世界中からも人気を博していたアレキサンダー・マックイーンの皮膚で作られたジャケットもひとつの例である。
見た目はただのレザージャケットだが、夭折の天才アレキサンダー・マックイーンの再現された皮膚が元になっているという。服が大好きだったマックイーン自体をレザージャケットに変えてしまったのだ。タトゥーやホクロなども忠実に再現。一見ただジャケットを着ているだけに見えるが、実際はマックイーンの皮膚を身にまとっているような怖さがある。

現代では、死んだ者の一部が、形を変えて蘇っているとも言えるのだ。このような事例から、今後は亡くなった人たちが断片的に蘇ってくることも容易になる時代がくるかもしれない。

「昔、蘇生は奇跡で、超常現象や超自然を表現したりするために使われていたものでしたが、今ではその文字通りの「蘇生」がおきはじめているんです。その変化に気付いたアーティストたちが新しい表現を切り開いていく。今後は、蘇生がどういう現代的な意味を獲得していくのか興味深いと思っています。」

芸術と科学の間にある狭間、両極が合わさった時にみえてくるのが、きっと生きることと死ぬことの未来なのである。

その融合から、アーティストやデザイナーたちが新たな世界を見出し、私たちが考えたことのない文化が生まれていくのだろう。

芸術と科学が、これまで私たちが生命だと思っていたものとは違う、生命のあり方を映し出していくことこそ、未来のスタートなのではないだろうか。

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進行役
久松 陽一
(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社Hotchkiss アートディレクター)

ゲスト
髙橋 洋介 氏
(金沢21世紀美術館キュレーター)

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