#49

2020.10.29

アートセラピーとデザインにおける「問い」

担当ディレクター:久松 陽一
毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2020年10月29日、第49回は、
「アートセラピーとデザインにおける「問い」」
聞き手は、久松 陽一 ディレクター。
ドイツで描画・造形を通して行う芸術療法(アートセラピー)を学ばれた後、
「こどものアトリエ 色庭」を主催している橘川さん。
色庭では、アートセラピーの考え方や手法を取り入れたマンツーマンのコースを提供しています。今回は「問い」という視点から、アートセラピーとデザインの分野における創造的プロセス、クライアントとの関わりの共通点を探ってみました。

【ゲストスピーカー】
(橘川 紗花 氏 / こどものアトリエ 色庭)

武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業したのち、30 歳を手前にして一念発起した橘川さん。新たな志を持って2012 年秋にドイツへ渡った。

2014 年9 月には、アラヌス芸術社会科学大学大学院アートセラピー科に入学し、アートセラピーを学び始めたのだとか。在学中は、難民施設や精神病院、福祉施設のオープンアトリエで実習と研修を積み、2018 年に卒業した後に帰国。

2019 年10 月に金沢市コミュニティビジネススタートアップ事業の支援を受けた後、石引にオープンしたのが「こどものアトリエ 色庭」だ。

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芸術療法とは

芸術療法とは、絵を描く、踊る、音楽を奏でるなど、人間の表現をする潜在的な力に働きかけながら心のケアや課題の改善に取り組む心理療法のこと。
アートセラピー、ミュージックセラピー、ドラマセラピー、ダンスセラピーなどを合わせた総称を芸術療法と呼んでいる。
アートセラピーは主に、描画・造形を通して行われる。
芸術療法の対象となる方は以下のような方。
・精神的支えが必要な方
・言語でのコミュニケーションが難しい方
・災害や事故、病気などによりトラウマを抱えている方
・精神疾患や発達障がいの診断を受けている方
・日々の生活に疲れている、人間関係がうまくいかない等、日常にストレスを感じている方
・年齢は関係なくこどもからお年寄りまで
芸術医療が行われるのは、「精神病院」「心療内科」「緩和ケア介護施設」の施設をはじめ、
教育機関のカウンセリングや企業の人材育成プログラム、刑務所と幅広い。
中には、アートセラピー専門の診療所もあるという。

アートセラピー(造形・描写)が治療の助けになる理由は2つある。
ひとつは「制作プロセス」のなかに、もうひとつは絵を描いたり物を作ったりすることによって「手元に作品が残るこだ。
まず、「制作プロセス」においては、
制作、表現という行為自体が浄化に繋がる部分が大きい。
絵を描いたり物を作ったりしている時は、自分を表現しているのと同じようなものであるからだ。
アートセラピーによって抱えているモヤっとしているものを、外在化することもできる。
思考や感情、記憶に制作を通してアクセスするということも効果的だ。
例えば、幼少期に抑圧されたことがある人が、大人になって絵を描き始めた時に、幼少期の抑圧されていたものが絵となって表にガツンと出現することもあるのだとか。
過去の辛い想いが絵となって開放され、昇華に繋がっていく。
製作を通して時間を戻し、過去の傷が癒えることもあるのだ。
「手元に作品が残ること」によって、無意識に表現されるものから気づきを得ることも多い。
セラピストと一緒に描いた絵を見て、「なぜこういう絵を描いたんだろう?」と、客観視しながら自分の問題を外在化することには、とても意味がある。自分の作品に一旦距離を置いてみることによって、問題への整理に繋がるからだ。

また、表現の変化や度々描かれるモチーフやテーマを発見できたり、作品を通してコミュニケーションをとったりすることもできる。
だが、人が相手ということもあり、現実では理論どおりにいかないことも多いのだそう。
理論と実践を行ったり来たりしながら、探っていく作業の繰り返しの日々を送っている。

「こどものアトリエ 色庭」の活動について

「こどものアトリエ 色庭」は、スタートしてから1 年経ったばかり。通常のアートコースやワークショップの開催、こども園での創作活動を行っている。

その中でもメインは、アートセラピーを取り入れたマンツーマンコースだ。
悩みや課題を抱える小学生から高校生。不登校や自分自身の表現が得意ではない子、不安や緊張を強く感じる子、対人関係に課題を感じている子などが対象だ。
マンツーマンコースは、まずは子どもと保護者との面談からはじまる。
そこから課題や問題点について話していき、定期的なセッションを行っていく。
月に1度は保護者の方に、制作を通して気付いたことや会話の中から気付いたことを、テキストにしてお渡ししているそうだ。

今回は昨年11月から色庭に通っている、小学5年生のハルトくんについて話を伺った。
人の多い場所が苦手なため、腹痛や頭痛を引き起こしてしまうことが多かったハルトくん。
音にも敏感だったため、ザワザワした教室に耐えられず不登校になってしまったそう。
その後、フリースクールに通っていたが、フリースクールにも通えなくなったことをきっかけに、色庭に通うことに。
色庭には、月に2~3回の頻度で通っているというハルトくん。
通い始めた当時から話好きでいろんなことを話してくれるが、沈黙を怖がるかのように、気を遣いながら話している雰囲気も感じ取れたのだとか。

「最初は教室の空間に慣れてもらうことからはじめました。信頼関係を築くところを1番大切にしながら、アートワークを提案していきました。」
楽しく創作することが1番大切だと語る橘川さん。
ハルトくんに「なにを作りたい?」と問いながら、主体性を引き出していく。
そんなハルトくんの大作は、5ヶ月かけて取り組んだイヌワシの粘土細工。
色庭にあった写真集を見て気に入ったイヌワシを実際に作ってみたのだそう。

この作品を通してハルトくんとたくさん会話を交わしたという橘川さん。
イヌワシを楽しそうに作っていたというハルトくんは、次第に自分からもさまざまなアイディアが出るようになったのだそう。
主体的に動けるようにもなり、そこから再度フリースクールへも通えるようになったのだとか。
会う度に元気になり、どんどんたくましくなっていくその姿は、嬉しさもありながら、寂しさも覚えたほど。
マンツーマンでは、子どもたちがリラックスして楽しめることを重視していると言う。

「心からわくわくできるような、やる気スイッチを探りながら対話をしています。主体的にやりたいと思ったことは、できるだけやらせてあげたいんです。子どもたちには、アートワークを楽しんでもらいたい。美術を嫌いにならないでほしいという想いも強いんです。時間をかけてでも、手を動かしていくことで、ひとつでも達成感が得られるものを作れたらと思っています。」

アートセラピーとデザインの共通点「問い」

ここからは、「問い」という視点から、アートセラピーとデザインの分野における創造的プロセス、クライアントとの関わりの共通点を探っていく。

セラピストとクライアント(患者)のなかにも隠れている「問い」。
セラピストは患者にいろんな「問い」を投げ、その答えとして言葉や絵や物で表現として返ってきているのだ。
そうすることで、患者が抱えている一つ一つの問題が整理されていく。その中で、セラピストとも問題を共有しながら、そのプロセス、表現を通して、一緒に前に進んでいくのだ。

デザインにおいても全く同じことが言える。例えば、「新しい商品を作りたいんです」という依頼があったとしても、今は新しい商品を作るよりも優先すべきことがあるという場合。

他に抱えている問題や、いまある強みなど、そもそもの本質を見抜く部分で「問う」ということがマストになってくるのだ。
そんな「問い」という視点において、以下の3つの共通点を探っていく久松さん。

《共通点①「リフレーミング」》
「リフレーミング」とは、視点や枠組みを変えて考え、その問題の本質を捉えることだ。
アートセラピストは、触媒役としてリフレーミングする役割を担っている。
「問題だと思っている点は、そもそも問題なのだろうか?」など、一度枠を外して問うことが大切であるのだ。

一方で、デザインの中でもリフレーミングすることで本質に迫る役割を担っている。
商品を作る過程では、ターゲットとして色々な立場になってデザインを考える必要があるのだ。

《共通点②「エンパワーメント」》
「エンパワーメント」とは、自分自身の力を取り戻すことである。

アートセラピーは、「自分自身の力を取り戻すためにアートセラピーがある」
と言っても過言ではない。
ポイントなのは、「取り戻す」という点。
アートセラピーを必要とする人は、もともと持っている自分の力が、普通の人よりうまく出せないことが多い。
だからこそ、自分の中から湧いてくる回復力や治癒力を引き出すのがセラピストの役割なのだ。

デザインでは、「そうすべきか?」や「そもそもどういうものか?」などの問いを設定した上で、デザインを通して問題を解決し、企業が成長していくことの役割を担う。
そのために大切なのは、会社らしい強みと持ち味を残しながら、なるべき姿になること(=ブランディング)。

つまり「自分らしく」という点においては、企業も人も同じなのである。

《共通点③「問題の外在化」》

問題となっている部分の「間」が外在化されている構図に共通点がある。
その問題部分の一つ一つを分析し、外在化することで問題解決に繋がるのだ。
精神分析者のフロイトは、人間の精神は「自我」「超自我」「エス」の3 つの相互作用の結果であるという理論を提唱した。アートセラピーの分野においては、「自我(本能)」と「超自我(理性)」との間にある「エス」が治療空間となる。
つまり、本能と理性の葛藤の中で捉える問題を構築していく空間が治療空間となるのである。

デザインでは、目指すべき「ビジョン」と「今」との間にある差(問題)を外在化して解決していくことがブランディングに繋がっていく。
目指すなかで足りない間の部分(問題)をデザインの力で作り解決していくことが必要なのだ。

アートセラピーとデザインにある意外な共通点。「問うこと」は、人々の思考を鍛えるきっかけにもなり、私たちの普段の生活にも十分生かせそうだ。自分自身を深く見つめ、問題を外在化することで、見えなかった新たな世界が見つかるかもしれない。

話し手
橘川 紗花 氏
( こどものアトリエ 色庭 )

聞き手
久松 陽一
(IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社Hotchkiss)

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