#24

2018.06.29

金沢のファンを世界中に!

担当ディレクター:久松 陽一

ブランドの持つ理念が消費者を“つなぐ”、それこそが「ファンづくり」の第1 歩なのかもしれません。「宿」というビジネスには、デザインや広告(コミュニケーション)にも通じる部分が、たくさんありました。

第24回のゲストは「株式会社こみんぐる」取締役 林 俊伍さん。
石川県金沢市出身。学生時代まで金沢で過ごし、県外での商社勤務~教員の経験を経て、2016年4月に名古屋から金沢へUターン。「金沢のファンを増やしたい」というコンセプトのもと同年9月に起業し、現在は「旅音~TABI-NE~」というブランドで、ゲストハウや貸切り宿などを市内で9棟運営している。

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「金沢のファンを増やしたい」一途な思いからの挑戦

北陸新幹線開業から約1年が経過した2016年、林さんが地元へとUターンしてきた当時、金沢には国内外からの観光客が増え、市内の観光地が多くの人々で賑わう光景は、もはや珍しいものではなかった。
そんななかで林さんが感じたのは、「外国人に向けたサービスがまだまだ充実していない」ということだった。

「当時は、飲食店や宿泊施設が日本人観光客の対応に忙しくなり、外国人観光客へのサービスには、あまり目が向けられていませんでした。そんな風潮もあってか、国内外を問わず『金沢へまた来たい、金沢はよかった、金沢を宣伝したい』と思ってもらえる、言わば『金沢のファン』を世界中に増やせるような『宿』を作ろう!と妻と2人で決意し、今の事業を立ち上げました。
と同時に、帰郷した頃からずっと『金沢のためになることをしたい』という思い(目的)が、僕たちにはありました。その原動力は今も変わっていません」。

起業した当初は夫婦2人、3棟の宿の運営からのスタートだった。

ベンチマークは「星野リゾート」

立ち上げから約2年が経った現在では、スタッフが12名、運営する宿は「ゲストハウス」1棟と「1日1組貸限定の宿」8棟、合計9棟にまで増え、事業は拡大した。

「もともと『棟数を増やす』ことを前提に事業を計画しました。それぞれの宿の合計で200名が宿泊できる規模になれば、経営として安定すると考えています(※現在は80名ほど)」と語る林さん。

そして、それは決して遠い未来の話ではないという。不動産会社とタッグを組み金沢駅前に開業するホテルを含め、現在も新規オープンの計画がいくつか進んでいて、2018年の秋~冬頃にかけて、目標の規模に到達する見込みだ。短期間でここまで事業が拡大している成功の要素とは一体なんなのだろうか。

まず、「株式会社こみんぐる」が運営する宿泊施設は、すべて「旅音~TABI-NE~」というブランドで統一し展開されている。ベンチマークにしたのは「星野リゾート」。

「その規模は全然違いますが、名前を統一しブランド化している点は共通しています。1棟だけだとどうしても発信力は弱いですが、9棟あれば必然的にお客さんとの接点や訴求力が高まります。そういう数の力も重視し、早い段階で1番(=金沢の民宿でのニッチトップ)を目指して動いていました。

また、星野氏の『ファイブ・ウエイ・ポジショニング戦略』という著書を参考に、ゲストに提供する5つの要素(=商品、価格、サービス、アクセス、経験価値)の優先順位を明確に設定し、他社と差別化するポイントを追求しています」と林さん。星野氏の著書は、片っ端からすべて読んだという彼は、そのように語ってくれた。

「旅音~TABI-NE~」は単なる宿ではなく、「空間」と「情報」を提供する宿

「地域と旅人が一緒に音を奏でて共鳴する。そして地域と協力し『金沢を暮らすような旅』を提案したい」。そんな想いが「旅音~TABI-NE~」というネーミングには込められている。

宿ごとに「明確なコンセプト」が設けられていることも、「旅音~TABI-NE~」の魅力の1つ。「忍者~Ninja~」、「友禅~YU-ZEN~」、「骨董~KOTTO~」など、ユニークな視点と発想は空間にも反映されている。また、それぞれ「立地」にもこだわり、寺町や尾張町、西町など旧市街地という金沢らしい場所に、宿泊施設が点在していることも、大きな特徴の1つだ。

いくつかの宿(個性的な部屋)の写真が会場のスライドに映し出され、林さんは次のように語る。

「ただ箱を作って、そこに泊まってもらうつもりはありません。金沢で過ごす時間や、旅の思い出が良いものになることが、僕たちの願いであり役目だと思っています。例えば、海外から金沢を訪れる機会は、その人にとって一生に一度かもしれません。そう考えると、そこに立ち会えることはとてもありがたいことです。
だからこそ少しでも『金沢らしさ』を感じてもらえる場所や空間づくりにこだわったり、交流の場としてホームパーティを開催したり、友禅作家さんの工房へ案内したり、さまざまな体験を提案しています。

つまり、地元の人だからこそ知っている『空間』と『情報』を提供し、演出することを心掛けています。そして、嬉しいことに海外の方にはとても好評です。大切なのはやはり『人と人』だとあらためて実感しています。
異なる土地の文化や価値観を持った人同士がふれあうことで、お互いにとっての刺激となり、楽しさを感じてもらえているのではないでしょうか。

また、金沢大学の学生たちにも(旅行者を案内するガイドマッチングサービス「Reach KANAZAWA」http://www.reach-kanazawa.com/ を通じて)協力してもらっていて、彼らにとってもいい経験になっていると思います。このように地域の方々とも連携をとりながら、ゲストをサポートしています」。

これを聞いたディレクターの久松さんは、
「インターネットやSNSが主流になってきた最近は、『モノ』から『コト』へ、そして『ヒト』や『トキ』を丁寧に考えていくこと(コミュニケ―ションすること)が重要になってきていますね。
宿泊施設に限らず、ビジネスや新しいことを始める時、やはり『地域』との関わり方はとても大切で、多様化するニーズにアンテナを張り、人と人をつないでいくという点は、デザインや広告も似ていると感じました」と応えていた。

「こみんぐる」は、地域づくりの会社

「今年は、『宿』というくくりにとらわれず、地元の人に向けたサービスや展開も充実させたいと考えています。例えば、書道教室やお子さまのお泊り体験、不登校の親御さんの集会の場としてなど、今も一部地域の方に利用いただいています。地域に開けてくると、そこからまた違う視点が生まれてくるんです。そして、自分たちが何のために存在してくるかが、より大事になってきます」。林さんはこう続ける。

「僕たちは『金沢のファンを増やす』というテーマを掲げている以上、地域の方に納得(応援)いただけない場合(場所)には、決して開業はしません。ですので、交渉した結果、あきらめた地域も実はたくさんありました」。

駅近くのアクセスを重視しながら、9棟すべて別々の場所で展開し、順調に事業を拡大している背景には、そんな事実と「金沢のため」という変わらない思いがあったようだ。

「僕たちの協力者やファンは『宿』という存在にではなく、『金沢をよくしたい』という思い(理念)に共感してくれる方がほとんどです。『スタッフが生き生きと働き、地域に貢献する』というテーマを持った、『地域づくりの会社』であるという面も少しずつ浸透してきています。
今後はもちろん、『宿』に関してもっともっと極めたいと思っていますが、最近では、より大きな視点で『金沢のためになること』=人口を増やす『移住』までを見つめています。
つまり『訪れる』、『住む』、『働く』をごちゃ混ぜにしてコーディネイトし、地域を盛り上げたいとも考えています。でも妻からは『これ以上、新しいことはしないで』と警戒されているのですが…」。

最後に参加者からの質問で「人とのコミュニケーションで大切にしていること」や、「一緒に働きたい人物像」を聞かれた際に、林さんが次のように答えたのが印象的だった。

「まずはどんな時でも相手を受け入れます。決して否定しません。どんな相手でも自分より優れているところがあって、必ず気づきがあると思います。一緒に働きたいのは、素直で成長意識が高い人です。僕たちはゲストのために、日々変革を行っているので、それを一緒に考え、行動できる人が理想です。あとはコミュニケーションの部分でも『聞く力』を持った人ですね」。

異なる文化や価値観を持った「人と人」、そして「地域」をつなぐオリジナルスタイルの宿、「旅音~TABI-NE」。
今後も国内外から訪れるファンがきっと増えていくに違いない。

話し手
林 俊伍
株式会社こみんぐる 取締役

聞き手
久松 陽一
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター(株式会社 Hotchkiss)

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