#25

2018.07.23

経営とデザインのこれから

担当ディレクター:竹田 太志

世の中には「業界」という言葉がありますが、デザイン、経営、IT、etc. ことクリエイティブにおいて、「業界」という線引きは、いまや不要となってきています。業界の枠を超えた対話ができる力、顧客との対話ができる力。それらを見据えて活動を行っている稲垣さんの、今後の活躍に注目です。

第25回のゲストは「エイジデザイン株式会社」代表 稲垣 揚平 さん。
石川県金沢市出身。金沢美術工芸大学(工業デザイン専行)卒業後、樹脂加工メーカー・積水グループで、9年半インハウスデザイナーとして活躍。2005年「デザインの力で地元に貢献したい」という思いから、Uターンし起業。「エイジデザイン株式会社」を設立し、現在では3Dプリントを駆使した自社ブランド「hiracle」シリーズの展開をはじめ、商品企画やデザイン経営コンサルティングなどを行っている。

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「デザインの力」を信じて―起業へと踏み出すきっかけとなった信念

稲垣さんがインハウスデザイナーとして活躍していた2000年初頭、「米国ITバブル崩壊」のニュースがマスコミを賑わせ、日本の企業でも景気を左右する深刻な問題として捉えるようになっていた。そんな時代背景こそが、『デザインの力』で地元に貢献すべく起業するきっかけになったとも言えるエピソードを稲垣さんが語ってくれた。

「2000年当時はITバブルの崩壊をきっかけに、安い人件費を武器にした中国が、世界の工場へと台頭しはじめていました。日本のモノづくりシーンも例外ではなく、大手企業がこぞって中国へと目を向けはじめ、日本の中小企業が、どんどん苦境に立たされていく状況だったのです。私自身も当事者としてそのような現実を見たり、当時の会社が取引先の企業に対して心苦しい選択をせざる得ないこともありました。
しかし、日本の中小企業のモノづくりの現場には、本当に優秀な設備や人材が多くあることを知っていましたし、そこに『デザインの力』が加われば、必ずいいものはできる!という思いが、その頃から根底にありました」。

「デザインの力」を信じる、稲垣さんの「信念」は起業する約5年前からすでに確立していたようだ。

売ることの難しさ、そして自社ブランドの立ち上げへ

2005年、地元金沢へUターンし「エイジデザイン」を創業した稲垣さん。経験を活かしつつ、金沢でデザインの仕事をするにあたり、「企業向け」と「消費者向け」の両方を事業の柱として展開したいという思いがあった。そして、デザイナー兼経営者として、業界の動向や地元のマーケットを冷静な目で見つめていた。

「事業を行っていくなかで感じたことは、県内や北陸の工業メーカーは下請け企業が多く、自社製品や自社ブランドに対する意識を持った企業が少ないということでした。そんななかでデザインのニーズを模索しているうちに、とても魅力的に思えたのが『伝統的工芸品』でした。石川県は、この分野において恵まれた環境にあることはご承知の通りですね」と稲垣さん。
同時に、クライアントのニーズに本質的に応えるには、何よりも『売ることの難しさ』を実感したという。

「例え、商品開発をして自社製品を生み出したとしても、一般的にはすぐに売り上げにつながりにくいのです。クライアント側には『投資をした分、早く回収したい』という思いが必ず生じます。つまり、クライアントへの本質的な貢献とは、売り上げや企業価値が上がることであり、費用をかけたデザインが、目に見えるカタチで成果につながらないと、『デザインは単なるコスト』として捉えられ、やがて不要と判断されてしまうのです」。

身をもって「売ることの難しさ」を体感した稲垣さんが、次にとった行動は、自社ブランド「hiracle」※1 の立ち上げだった。そして、クライアントへの本質的な貢献策として、以下の3つの目的を掲げた。

・流通との信頼関係を構築する。
・ブランド構築の理論をしっかりと実践で理解する。
・伝統工芸の川上、中間工程事業の出口戦略として。

つまり、自社製品を売るという目的ではなく、今後自分たちが受けるであろう、デザインの依頼に関するアウトプットや販路の拡充のための基盤を作る、という思いからの出発だった。
2012年のブランド立ち上げから6年が経った現在、新作の発表を行いながら着実に販路と売上げを伸ばし、国内はもとより海外にも市場を確立するまでに至っている。
成功の理由の1つとして、「販路との信頼関係の構築」が不可欠だと、稲垣さんは言う。

「販路との信頼関係とは、単に会社や商品をバイヤーさんに知ってもらうということではありません。実際のビジネスを通じて『納期管理』』や『クレーム対応』などをしっかりと行い、任せられる存在になってこそ、はじめて信頼関係は生まれます。そして商品の売れ行きが上がれば、積極的に増産を行ってくれるなど『産地との信頼関係』にもつながっていくのです。自社製品とは言え、『売る』ということは、本当に多くの人とのつながりが必要になってくるのです」。

デザインでクライアントに貢献するということは、決して色やカタチだけを提案するにとどまらない、稲垣さんの信念に基づく仕事術が垣間見られた気がした。

※1「hiracle」第1弾は、あえて絵付けをしない九谷焼の小皿や豆皿などのシリーズ。3Dプリンターを駆使してデザインされている。国内の主要百貨店のほとんどに加え、アメリカ、中国、台湾、イタリア、オーストラリア、シンガポールなどに出荷し、国内とEUや海外2カ国で、意匠や商標の登録も行っている。第2弾は、富山県の伝統産業でもある高岡銅器に着目し、錫シリーズの酒器を開発。
https://www.agedesign.co.jp/hiracle-r

これからの「デザイン」が向かうべきところ

最近ではデザインが、企業や地域にどのように本質的に貢献していくかを、積極的に考えるようになったという稲垣さん。自身も日々デザインと経営に携わる立場として「これからのデザイン」について語ってくれた。

「デザインのこれからを考えたとき、企業と顧客のつながりはもちろん、どちらも地域の一員であるという認識が大切だと思います。つまり、『売り手、買い手、地域』の『三方良し』にもつながる考え方で、地域内における企業のあり方を見越したデザインをしていかないと、企業価値は高まらないと思います。
『経営理念>経営戦略>事業戦略>商品戦略』という仕組みがあった場合、経営理念の段階からデザインの思考を取り入れることが重要だと感じています。
例えば、成熟事業の場合は、『4億円』の売上げを『4億1千万円』ではなく、『6億円』にするためのアンサーが必要で、経営者もそれを求めていると思います。メーカーさんであれば、『商品戦略』ではなく、『素材開発』や『新たなサービスと新たな事業』を考えることが本質になってくるのです。そこまで入り込む提案こそが今後は重要で、成熟市場においてはそのほうが波及効果は高いのです。

また、その流れは国のほうでも考えられていて、今年5月23日『デザイン経営 宣言』が経産省から特許庁と連名で発表されています。
http://www.meti.go.jp/press/2018/05/20180523002/20180523002.html

著名なデザイナーたちが日本の産業に危機感を覚え、デザインとは、単なる色・カタチではなく、今度は経営の段階からその思考を取り入れる重要性があり、そうでなければ日本の産業の競争力が衰退していくことを懸念した内容になっています。つまり国をあげて、経営に『デザインの力』を活用しようという動きでもあるのです」。

次に、デザインに関連する事業所数・従事者数・売り上げ(合計・一人当たり)などの情報がスクリーンに映し出され、石川県は、全国平均を大きく下回り、下位(売り上げ 37位)という現実が発表され、稲垣さんはこう続けた。

「総じて言うと、県内の企業はまだまだデザインを活用できておらず、と同時にデザイナーの稼ぐ力が弱いということです。デザイン経営は、中小企業の起爆剤になりうると、私は考えています。県内の経営者の方で、デザイン経営の重要性をきちんと理解できている人はかなり少ないですし、その一方で、デザイナーには経営者と語れるスキルや知識が不足しているとも感じます。デザインと経営が深くかかわっていく今後、デザイナーにもそのような知識が必要な時代になっていきます。つまり経営者とデザイナーの双方が、それぞれの知識や重要性を理解し、ベクトルを合わせ一緒に考えていくスタンスこそが大切になってきます。そしてそれこそが、伸び悩む業界にとって、新たな一歩を踏み出すきっかけになればいいと思います」。

今後の「デザイン経営」とテクノロジーの関係

稲垣さんが経営する「エイジデザイン」では、創業当時から3Dで設計し提案を行っており、現在では90%以上の商品を3Dで設計・検証している。
「経営者という視点では、現在私たちのコアとなっている「3D」に、プロトタイピングやVRを取り入れながら、もう1つ殻を破りたいと考えています。

つまり『デザインドリブン・イノベーション』を目指して、人工知能やIC、ビーコンなどの新しい技術やそれらに関する情報を集めてアウトプットをしていきたいと考えています。ユーザーのニーズに起因した技術向上(マーケットプル)に、テクノロジーが加わらなければ、今後は新しい求心的な提案はできないと思います。
また、最近ではデザインの境界はなくなってきていると思います。職能としては、まだ縦割りは残っているとは思いますが、本質的な(色・カタチだけでない)デザインにおいての枠組みは、徐々になくなっていくと思います。
従来のプロダクトの切り口は、『形状・構造・コスト』が主でしたが、これからはIoTなどの技術を活用して、課題に対する新たなアプローチや、今までできなかった経験や体験の提案ができると思いますし、それが主流になっていくと思います。
一定の水準が満たされ、欲しいものがなくなっている昨今の時代においては、消費者は機能やコストだけでは満たされなくなっています。すなわち今までの価値基準やマーケットプルだけでは難しくなってきていて、日々進化する新しい技術や、それを理解したデザイナーの新しい思考も大切になってくると思います」。

「デザイン」と「経営」は、ともすると一昔前までは全くの別もので、交わることはないと思われがちだったかもしれない。しかし「ITバブルの崩壊」が叫ばれてから20年が経とうとする今では、実はこの2つは密接にかかわっていて、その傾向は今後ますます加速していくと稲垣さんは語る。
未来を予測していたかのように、一途に「デザインの力」を信じて行動してきた言葉にはやはり説得力がある。稲垣さんのいう「デザイン」とは、多くの地元中小企業がまだ見ぬ新たな要素によって幾重にも重なり構成されているのだろう。そして、それは色褪せることなく、カタチを変え進化していくはずだ。

話し手
稲垣 揚平
エイジデザイン株式会社 代表取締役

 

聞き手
竹田 太志
ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター(株式会社クリパリンク)

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