#38

2019.08.16

私は、山岳収集家。

担当ディレクター:久松 陽一

毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

2019年8月16日、第38回は、
「私は、山岳収集家」。
聞き手は、久松 陽一ディレクター。

山に登り、そこで見た景色を写真に収め、日記を書くようにハンカチに仕立てていくプロジェクト「MOUNTAIN COLLECTOR」。
今回はそのプロジェクトを立ち上げ、自らを山岳収集家と称する、デザイナーの鈴木優香さんをお迎えします。

鈴木さんにとって写真は、山の景色をそのまま切り取って持ち帰るためのものだそう。

その時出会った景色は、二度とは出会えないかもしれない。だからハンカチにして集めていく。
そんな思いで始めた「MOUNTAIN COLLECTOR」のハンカチは、自身の山行の記録にとどまらず、多くの人に求められる商品となりました。

そのブランディングの手法やプロジェクトの詳細を鈴木さんの活動を紹介しながら紐解いていきます。

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山岳収集家とは

  

「なんとなくこの肩書でやっていますが、そんなに主張するつもりはないです。山に関連するものづくりをしている人ですよ、という感じで捉えていただければ。」

山の写真を撮るけど、山岳写真家ではない。専門的な山の仕事をしているわけでもない。
山に登って、写真を撮って、山の景色を収集している。それが鈴木さんの名乗る「山岳収集家(MOUNTAIN COLLECTOR/マウンテンコレクター)」だ。これはブランド名であり、プロジェクト名でもある。

現在、山岳収集家、デザイナーとして活動している鈴木さんは、東京藝術大学と大学院で6年間デザインを学び、布を素材とした作品作りをしてきた。
大学卒業後はモンベル(mont-bell)に就職し、女性用のシャツやダウンジャケット、小物類の商品企画開発に携わる。

山登りを始めたのはモンベルに入社し同僚に誘われたことがきっかけだった。
始めてすぐは、登ることが辛くて写真を撮る余裕がなかった。慣れてきた頃に自分のフィルムカメラを持って行くようになり、撮ったものは現像してデータとして保存していた。

登りきったときの達成感や、自分の足で登らないと見られない特別な景色、非日常感を求めて何度も行くようになり、山への気持ちが強くなっていった。

そのうちに山に関する仕事をしたい、好きなことをして生活していきたいと思うようになり、ずっと布に関する制作・仕事をしてきたことから、山と布をかけあわせた仕事ができないかなと考え始めたという。

4年間モンベルに努めた後、独立して山岳収集家の活動を始めた。

「山の写真を撮っている人はたくさんいるし、それを写真集にしたり展示したりしている人も多くいます。私はずっと布を扱ってきたので、もし私が写真をのせるなら紙じゃなくて布なんだろうなと思って布に印刷しました。誰もやっていないだろうなと確信して始めました。」

山の景色をハンカチに

山に登って撮った景色をハンカチにして販売するのが、現在、山岳収集家・鈴木さんの主な活動だ。

商品としてハンカチを選んだ理由は、一番シンプルで人を選ばず、写真の美しさを引き立てるのがこの単純な形だと判断したから。

「ハンカチとしての機能的には厚くて吸水性があるほうが使いやすいのですが、私は機能性とデザインを天秤にかけたときに、デザインを取りました。きれいかどうかを重視して作っています。」

鈴木さんの作るハンカチは、とても薄い透け感のある生地を使っている。
光が当たると景色が薄く見え、畳んでいくと濃く見えるのが、この薄い生地の特徴。
山にいると天気の変化によって景色の見え方が変わっていく。それを表現するために、薄くて軽やかな生地を使っているという。変化を楽しむために考えられたデザインだ。

一目で山だと認識できる写真を使ったハンカチのほうがよく売れるのだが、鈴木さん自身は「誰が分かるんだ?」というものを撮るのが好きだという。

商品の一つである黄色一色に見えるハンカチは、白山の南竜山荘の壁を撮った写真を使って作られている。行ったことのある人は「あぁ、あれか」と分かるらしいが、一見するとただの黄色いハンカチだ。
他にも、花が咲いていないシャクナゲや雪の上に落ちている葉っぱ、岩や石、ガレキなどマニアックな写真も多い。

「私が山で写真を撮るときには、お決まりの展望スポットで撮るのではなくて、自分自身が良いと思ったものを見た瞬間に撮るようにしています。」

画面の中に景色をどう配置していくかを常に意識し、自分が撮りたいものだけを撮るという鈴木さんだけが生み出せる唯一無二の作品がここにある。

他にもテキスタイル制作として、山頂で食べたホットサンドを撮った写真を圧縮し縦長にして並べて模様を作ったり、写真を反転させてつないだりと、写真からオリジナルの模様を作り出している。

ネパールと日本人

去年の秋にネパールで初めて海外のトレッキングに挑戦したという鈴木さん。
そこでネパールに魅了され、現地で山に関する雑貨を買い付けて販売するという活動も始めた。

商品買い付けの他に、刺繍屋さんにオーダーしたオリジナルワッペンも制作し販売を始めている。
オリジナルワッペンは、現地で紙にイラストを描いてオーダーしておき、日本に帰ってからフェイスブックのメッセンジャーでテレビ電話をしながらやりとりをして作ってもらったという。

「ネパール人は見た目が日本人に似ていて、親しみやすいんです。とても優しいおじさんたちです。」

日本で鈴木さんがよく訪れる好きな場所の一つが、立山の山小屋「雷鳥沢ヒュッテ」だ。
ヒマラヤの登山基地があるネパールのクムジュン村と富山県の立山町は姉妹都市提携をしていて交流があるため、 雷鳥沢ヒュッテにはネパールの山の写真が飾ってあり、食堂にはネパールを思わせる配色の旗も飾られて、異国情緒を感じることができる場所だという。

フィルムカメラはタイムカプセル

岩場の多い険しい山にはコンパクトなカメラを持って行ったりもするが、鈴木さんが普段山に持っていくのはコンタックスのフィルムカメラ。

「なかなかコンタックスを使っている人は少ないですよね。カメラの機能とかはよくわからないので、見た目で選びました。」

カメラは見た目で選んだというが、鈴木さんがフィルムカメラを使う理由には強い信念がうかがえる。

何枚も気軽に撮れて、あとからいらないものを消せるデジカメとは違い、フィルムは1本が36枚と決まっている。そのため、フィルムカメラを使っていると、自分が撮りたいと思ったものに対して、その1枚分のフィルムを使うかどうかという直感・判断力を鍛えることができる。

「これは撮っておいたほうがいいかな?と迷うものは撮りません。記憶として残しておいたほうが良いと思ったものも撮りません。」

山から帰ってすぐにフィルムを現像に出すということは少なく、撮った写真を見るのは1ヶ月先ということも。この時間差が、タイムカプセルを開けているような感覚にもなる。それが好きで鈴木さんはフィルムカメラを使っているという。

山のデザイン

  

自分がやりたいことを続けるためには収入が必要。やりたいことをやるにはどうしたらいいのか、どうしたら山とデザインを掛け合わせて自分の経済活動を回していけるかということを重視しながら活動しているという鈴木さん。

最近はオリジナルハンカチ作りのワークショップなども行っている。参加者が鈴木さんの撮った写真を切り貼りして自由にデザインを作り、その画像をハンカチに仕立てて渡している。

山とデザインは掛け合わせるのが難しい組み合わせだが、鈴木さんのような山の切り取り方をしていると、山になじみのない人たちの山へのイメージも変わっていくかもしれない。

「今まで山に興味があったし山のモチーフが好きだったけど、山登りには行ったことがない、と言っていた人が、今度山に行ってみようかなと言ってくれたことがうれしかったです。」

鈴木さんの活動によって、これまでとは違った山の一面を見ることができ、山に登る人にも登らない人にも、山との関わりを広げているようだ。

「趣味の延長でやっているような活動なので、仕事に関する展望はあまりないのですが…」

と言いつつも、「大きめの布(カーペットや壁紙など)を作って空間を彩りたい。」「本や写真集も作ってみたい。個性を出しつつキレイな写真をたくさん載せたい。」「山に関するものづくりを続けていきたい。」と、今後の展開を笑顔で話してくれた。

2年間富山県に住んでいて、毎日立山を見て生活していたこともあるという鈴木さん。 夏は登りやすく、9月下旬頃は紅葉もきれいで、年によって雪の解け方が違って景色が変わるので、何回行っても楽しめる好きな山だと語る。

今年は9月に立山の山小屋で1ヶ月間働かせてもらうことにしたそうだ。
ここからまた山岳収集家の新たな活動が生まれるのかもしれない。

鈴木さんはインスタグラムでも多くのファンに支持されている。

昨今は個人ブランドやガレージブランドのように、小さく始める活動がSNSなどで目立ってビジネスにつながっていくという流れがよく見られている。
なかなかビジネスにしづらい「山」という題材をデザインと掛け合わせて商品に落とし込んだ鈴木さんの活動は、今後の小規模ビジネスモデルとしてさらに注目されていくのではないだろうか。

話し手
鈴木 優香 氏(山岳収集家、デザイナー)

聞き手
久松 陽一
(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、
株式会社Hotchkiss アートディレクター)

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