#69

2024.03.18

デザインを、経営のそばに。

担当ディレクター:久松 陽一

毎回、さまざまなジャンルで活躍する方々をゲストスピーカーに迎え、彼らの活動事例などから新たなビジネスにつながるアイデアの糸口を探るディレクターズトークセッション。

デザインにはブランドの魅力を引き出す力があります。
100のブランドがあれば100通りのデザインがあるように、愛されるブランドになる方法はブランドそれぞれです。
ただそこには、ある一貫したブランディングデザインのプロセスがあります。
今回は、電通での15年の経験からプロセスを開発されたARENCE八木さんをお呼びして学びたいと思います。
また、最近出版された『 デザインを、経営のそばに。』という本からもここでしか聞けない貴重なお話もいただきたいと思います。

ゲストスピーカー:八木 彩 氏(アレンス株式会社 代表取締役)

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兵庫県生まれ、武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科を卒業後、電通へ入社。数々の企業の広告企画制作を担当し、ブランディングデザインにも携わる。2023年に独立して、アレンス株式会社を設立。現在はブランディングデザインを専門とし、コンセプト開発・商品開発からコミュニケーション設計までをアートディレクションを軸にトータルで手がけている。今回は、八木さんの著者「デザインを、経営のそばに。」からも引用してデザインと会社経営の関係について話は及んだ。

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なぜ今“ブランディングデザイン”が必要なのか


「ブランディングデザイン」という言葉をよく耳にするようになったのは、ごく最近のことではないだろうか。八木さんは4つのポイントをあげて説明した。

1.伝える手段の多様化
八木さんが電通に入社した15年前、SNSは一般的ではなかった。しかし、今ではSNSを利用している人がほとんどで、全く見ないという人の方が少ない。当時はパソコンの利用が活発で、検索もパソコンを使って行っていたが、今ではスマートフォンで情報収集が容易にできる。15年前と比べて情報量は現在の方が圧倒的に多い。

また、これまでは報道関係など特定の職業でないと情報発信ができなかったが、今では誰でも発信できる時代。媒体もテレビからSNS、写真、動画と選択肢が大幅に増えた。

2.サービス商品の増加
昔に比べて商品やサービスの幅も数も増えたと40代以上なら感じるであろう。私たちの子ども時代は全国規模で大きなブームがあった。テレビドラマから大きな社会現象になることもあった。それは家族全員が同じメディアを見て、学校でも同じ話題で盛り上がっていたからだ。しかし、今では観ているドラマはバラバラ。オンタイムで見ずに自分の好きな時間にまとめて観ることもできるので、ドラマ放映日の翌日に友人との話題にドラマがあがることも減ってきている。

また、もう一つの視点として、起業するのが15年前に比べて簡素化されているということもある。モノもサービスも多様化しているのだ。昔は会社を辞めて起業するにはかなりの覚悟と資金が必要だったが、八木さんの後輩でも3年ぐらい働いたら独立して自分の会社を始めたいと考えていた人がいたという。新しい会社やサービスが生まれる速度も加速している印象だ。

3.クリエイティブ制作の民主化
今はスマホのアプリを使って画像や映像を編集するのは簡単にできる。こうした状況は、以前は全く当たり前ではなかった。写真を撮るには専用の機材が必要だったし、編集も専用のソフトが必要で使える人が限られていたが、ここ数年の変化は著しい。

1億総クリエイター時代といわれているように、みんながクリエイターとして活動できる時代なのだ。自分たちの周りにたくさんの情報が氾濫しているが、今も昔も与えられた時間は平等なのに選択肢が増えすぎて、選ばれるために奪い合っている状態になっている。

4.価値観の変化
自分が小さいときは「もっと便利になったらいいな」にまだ伸びしろの部分が残っていた。しかし最近は便利の上限が埋まってきていて、これ以上の大きな変化は起こらない域に達している。「安くて便利なものをたくさん買いたい」から「良いものを長く使いたい」と考える人も多くなった。

その兆候は40代よりも20代と話をしていると感じるという。環境問題に配慮していない会社の服はもう買いたくないと思っている人もいるくらいで、価値観、世代ごとで変わってきているという印象だ。モノが増えて飽和している令和は安くて便利なだけでは選ばれるのは難しい。情報量が増えたため、その商品が本当に良いものかどうかを消費者も見極めやすくなったといえる。

これからブランドで必要なこと


これまでの現状と八木さん自身の経験を踏まえて、これから企業がブランドを考えるときに必要なことは何か、4つのポイントをあげてくれた。

1.インパクトからストーリーへ
メディアが大きく変わったおかげで広告を出す側にも大きな変化があった。テレビを使ったプロモーションは半期ごとにやることが決まっていた。CMは同じで何回も流して視聴者に覚えてもらうことを重視したので、1本のCMに多くの広告費を使っていた。今はメディアが多様化したことで広告の種類も増えている。SNSの広告の比率はテレビよりも多く、予算の多くがSNS広告に流れている。

SNSの広告は同じものを何度も流しているとユーザーに飽きられてしまう。飽きられないように同じ広告を流す期間はとんどん短くなり、終わらない取り組みに変わったのだ。また発信する情報量も多くなった。そのため、ブランドから受け取る情報量が増え、情報発信が一貫しているか、企業の発信に共感できるのか、という部分にユーザーは注目するようになった。

2.独自性の可視化
全国一律でくくられるのではなく、地方の特色に合わせたり、一人ひとりの好みに合わせなど、それぞれに寄り添ったブランドが次々と誕生している。星の数ほどモノがあるなら自分からアピールしたり、発信したり、何か行動し続けないと気づかれないという恐ろしい状況だ。大多数の中に埋もれないオリジナリティがカギを握る。注目されるには、何らかの強いインパクトがないとユーザーはわざわざ買おうとはしない。平均的なブランドがこれから生き残るのは厳しいだろう。

3.専門型から共創型へ
先ほど誰でも物事をクリエイトできるという話があった。クリエイトできる人数が増えると、プロからセミプロまでが混在し、知識や技術にも差が出てくる。これはネガティブなことではなく、みんなが協力して運用する時代になったと捉えることができる。ただ、それぞれが好き勝手に発信をしていると、企業としての一貫性がなくなってしまうので、ブランドに関わる全員が理解できる仕組みを作ることが重要になるのだ。

4.表層から根幹へ
広告やブランドからくる企業イメージだけなく、今は根幹の部分であるブランドに対する考え方が大切になってきた。例えば、環境問題への意識や会社の倫理感はあるのかなど、表向きの商品だけでなく、その会社の行動や社会的取り組みにも関心が高まっている。

企業の透明性も重視しており、会社の信頼を損ねるような行為が明らかになると世間から大きな批判を受けるのも今の時代を反映していると考える。一度会社の信頼を失うと、ネット上に情報が永久に残ってしまい、信頼を回復するのには時間がかかる。若い経営者と話をすると、利益よりも社会に貢献したい、自分たちの会社文化を残したいなど、社会的な責任に重きを置いているところも増えているそうだ。表面的な利益だけではなく、倫理観を持ってトータルに会社を作っていくことが大切だ。

ブランドデザインで目指すこと


では企業はブランドデザインで、何を目指していくべきだろうか。ブランドデザインは一度作ったから終わりではない。根幹がしっかりあり、経営者がクリエイターや社員と一緒にブランドを作っていくには段階がある。

まずは、根幹の思想と世界観に一貫性と独自性があるブランドの形成、次にブランドに関わる全員がブランドデザインを共有できているか、最後にお客様がブランドを好きになりファンになるという流れに沿ってブランドデザインが浸透していくのがいい形だと八木さんは語る。

社内でブランドデザインに取り組むためには、分析する、コンセプトを作る、形を作る、伝える、育てるという5つの段階がある。通常、クリエイターは形を作るところから参画することが多いが、分析やコンセプトを作るところにも関わっていないと、形を作るときにズレたりかみ合わないことが多々あるという。各分野の担当が職務を全うしていてもうまくいかないのだ。最初から関わる人みんなで進めていくと、伝える時点でもずれは少なくなる。

八木さんが実際に手がけたプロジェクトの紹介


最後に八木さんが手がけた仕事をいくつか紹介してくれた。その中でも糸魚川のプロモーションで「石のまち」としてブランディングした例が印象的だった。糸魚川はフォッサマグナという二つの異なる地質があるアジアでも珍しいまちだ。独自の地層が生み出すユニークな石を新たな取り組みに活用した。

石で顔を作るという取り組みを企画し、有名なクリエイターのtupera tupera(ツペラ ツペラ)さんに石で顔を作ってもらいSNSで発信。また「石のかおコンテスト」を開催し、たくさんのメディアにも取り上げてもらった。糸魚川では、この取り組みを継続しているという。

他にもあげてもらった事例で共通しているのは、その場所・その土地の「らしさ」を自分で見つけることは難しいが、他の人が見ると、日常を切り取っただけでも「いいな」と気づけることだ。自治体のプロモーションの仕事でヒアリングを行うと、そんなに特徴的なものがないことが多い。目立つ観光名所や特産物がなく、「何もないです」という返答が返ってくるそうだ。しかし、現地に行くと、何気ない石や生き生きしている人がいるだけで、クリエイトするヒントになるし、イメージが膨らんでいく。何もないところにデザインが加わると意外と伝わりやすくなるが面白いところなのだ。

ブランドデザインの重要性を認識している会社は多くはない。経営方針、社内のインナーブランディング、そして社外に発信するブランドイメージまで一貫して行うことで、会社の強みを生かして無駄のない運用ができると解説を聞いていて感じた。

八木さんがブランドを構築する最初の段階から関わったプロジェクトは、大きな成果を上げている。こうしたトータルにディレクションできる人材が今後さらに必要とされるだろう。クリエイターはただ自分の作品としてデザインするだけではいけない。デザインを作る上でさまざまな視点をもって多くの人とディスカッションを重ね、一つのブランドを作り上げていくことの大切さを伝えてくれた。もし、経営に携わることがあるのなら、ブランディングという視点を忘れてはいけないと強く感じるトークだった。

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話し手
八木 彩 氏(アレンス株式会社 代表取締役)

聞き手
久松 陽一(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社andyo 代表取締役)

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