#76

2025.11.14

万博マニアックマップ作成の裏側を聞く!

担当ディレクター:福島 健一郎

大阪・関西万博が184日間の会期を終えて10月13日に終了。

来場者数は2,500万人を越え、事業としては黒字になるぐらいの規模となりました。

たくさんの夢を与えてくれた万博ですが、この会期中に大活躍したアプリ「万博マニアックマップ」の開発者である坂ノ下さんを今回ご招待し、この開発の裏側をお聞きしたいと思います。

坂ノ下 勝幸 氏(OpenStreetMap Japan / Wikimedians of Japan User Group)

大阪・関西万博2025の会場を歩いた人なら、一度は感じたはずだ。—どこに何があるのか分かりづらい。パビリオンは広大な敷地に点在し、公式マップは表示が重く、トイレや導線の情報も十分とは言えない。 そんな中SNS上で大きく話題になったのが、個人が自主的につくった「非公式マップ」。印刷して持ち歩く人も非常に多く、万博の裏ヒットともいえる存在だった。

しかし坂ノ下さんは、その非公式マップが広く使用されるのを目にして、ひとつの疑問を抱いたという。「このままで本当にいいのか? 万博をもっと深く、正確に楽しめるマップが必要なのではないか」

この問題意識をきっかけに誕生したのが、会場全体を OpenStreetMap ベースで立体的に可視化し、データとして未来へ残す「万博マニアックマップ」だ。 今回は、その開発の裏側、こだわり、そしてマップが果たす役割について、徹底的に聞いていくこととなった。

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「万博マニアックマップ」とは何か


まずマップそのものの仕組みについて語ってもらった。万博マニアックマップは、万博専用の独立した地図ではなく、世界中の人々が編集する OpenStreetMap に蓄積されたデータを読み込み、可視化するツールである。 「マップにデータを入れている」のではなく、「OpenStreetMap に入った情報を読み取って、見やすい形にしている」という点が重要なのだ。そのため、マップの基礎はオープンデータであり、万博終了後も情報は確実に残る。 実際、2025年10月13日に“万博最終日の状態”をアーカイブし、PLANET OSM に保存されている。

「10年後でも、30年後でも、当時の万博がどうだったかを再現できる。この“残ること”が大事なんです」と坂ノ下さんは語る。

実際に今のGoogleマップはお店が閉業してしまった場合、お店を閉めた直後は閉店を知らせているが、新しいお店や建物が経つと上書きされてしまい、過去にどんなお店があったのかをだどることは難しい。 しかも、万博は更地に建てて期間が終われば更地に戻し、新しい空間の活用をするので、人々の記憶にしか残らない。 デジタルインフラが進化した現代は昔とは違い、万博が終わってからもデジタルデータとして残り続けることも重要になってくるのではないだろうか。

4年以上かけてつくられた「コミュニティマップメーカー」


とはいうものの、万博の開催期間中という限られた時間の中で、ここまで完成度の高い「万博マニアックマップ」が形になったのには、明確な理由がある。 その根底にあるのが、坂ノ下さんが2020年から開発を続けてきた「コミュニティマップメーカー」というシステムだ。

この仕組みの原点は、大阪市立図書館と連携して行われた「思い出マップ」プロジェクトにある。 地域の住民が自身の思い出やエピソードを投稿し、それに対して司書が参考文献や資料を付与することで、単なる体験談にとどまらない、多角的な地域アーカイブを構築する試みだった。 坂ノ下さんは、この取り組みを「投稿された情報が、知識として積み重なり、共有されていく構造」として捉え、より多くの人が扱いやすい形で可視化する仕組みへと発展させていった。

コミュニティマップメーカーは、情報を一方的に載せる地図ではなく、写真・文章・位置情報・経路といった複数の要素を組み合わせ、地域の姿を立体的に記録できることが特徴だ。 この基盤があったからこそ、万博という巨大で複雑な空間にも対応できたと言える。万博マニアックマップでは、この仕組みを応用している。

もっとも、既存の仕組みをそのまま流用できたわけではない。坂ノ下さんによれば、万博向けに半分以上は作り変えたという。 特に、地球儀表示や国旗の扱いなどは万博ならではの新要件であり、これまで想定していなかった仕様への対応が必要だった。 こうした試行錯誤と大幅なアップデートを重ねた結果、現在の万博マニアックマップが完成した。万博期間中に運用がはじまったからこそ注目を集めたが、その裏側には、数年にわたって積み上げてきた技術と思想の蓄積がある。 マニアックマップは、決して突発的に生まれたものではなく、地域アーカイブをどう残すかという長年の問いの延長線上にあるプロジェクトなのだ。

“非公式マップ”が起こした社会現象と、そこから感じた課題


坂ノ下さん自身、最初から万博に強い関心を持っていたわけではなかったという。 マニアックマップ開発に本格的に火がついたのは、大阪・関西万博が始まって間もない頃、個人が作成した“非公式マップ”が爆発的に広がる現象を目の当たりにしたことがきっかけだった。

公式マップは万博内では印刷されたものは有料だったが、オンラインで無料ダウンロードできた。しかし、表示が重く、現地で使いづらいという声が多かった。 その反動として、SNS上で公開された非公式マップが瞬く間に拡散され、数百万枚規模で印刷されるという異例の事態が起きた。来場者にとっては「助かる存在」であり、善意から生まれた取り組みであったことは間違いない。

しかし坂ノ下さんは、そこに強い違和感を覚えたという。非公式マップの多くは、公式マップをベースに書き加えたもので、ゼロから作られたオリジナルではなかった。 公式が時間とコストをかけて作成したデータをコピーし、応用する文化が広がっていけば、元を作った人が正当に評価されない。結果として、ただの使い回しが横行する状況になってしまう。

さらに問題となるのが、著作権や利用条件の扱いだ。グレーゾーンのデータを「便利だから」「みんなが使っているから」という理由で共有してよいのか。 そのまま使い続けることに、倫理的な疑問も残る。イベントが終わった後、そうしたマップが“記録”として後世に残ることは、本当に正しいのだろうか。

「残すなら、正しく残る地図を作りたい」その思いが、坂ノ下さんの中で明確になっていった。コピーを重ねるのではなく、誰もが自由に使え、検証でき、未来にも残る地図を自分たちの手でつくる。 そのための選択が、OpenStreetMapを基盤とした万博マニアックマップだった。公式データに依存せず、オープンデータとして整備し、世界中の人が共有できる形で残す。 この方向性こそが、坂ノ下さんを動かした原動力であり、マニアックマップの思想的な核となっている。万博マニアックマップは、単なる便利な地図ではない。 コピー文化への疑問と、未来へ責任を持って残すという意思から生まれた、ひとつの「態度表明」でもあるのだ。

“とにかく細かい”——マニアックの名に恥じない設計


マニアックマップの真骨頂は、その徹底した「細かさ」にある。一般来場者が通ることのできない裏導線、いわゆる係員専用ルートをフェンス単位で正確に描写し、立入禁止エリアも曖昧にせず明示する。 各パビリオンについては、建物の位置だけでなく、実際に人が出入りする出入口を強調して表示。会場を歩いた人なら誰もが感じた「どこから入ればいいのか分からない」という迷いを、地図の段階で解消しようとしている。

さらに特徴的なのが、国境線や領土表現への配慮だ。万博は国際イベントであり、展示や国名の表記には政治的・歴史的な背景も含まれる。 坂ノ下さんは、日本国内で利用される地図としての前提に立ち、OpenStreetMapのデータを日本の領土認識に合わせて調整しているという。こうした判断は一見地味だが、「正確に残す」ことを掲げるマップにとって欠かせない姿勢だ。

また、WikipediaやWikimedia Commonsと連携することで、パビリオンの写真や説明をその場で確認できる点も大きな特徴である。 単に場所を示すだけでなく、「これは何なのか」「どんなテーマを持つ展示なのか」を理解できるよう設計されている。情報を“見る”ための地図ではなく、“理解する”ための地図になっていると言えるだろう。

中でも会場の参加者に強い印象を残したのが、ナビアプリ「Organic Maps」との連携だった。 フェンス情報を反映し、実際に通行可能なルートだけを使って最短経路を案内する様子がスクリーンに映し出されると、「なぜ公式マップではこれができなかったのか」と驚きの声が上がった。 見た目の美しさや分かりやすさだけでなく、現地で本当に使えるかどうかを徹底的に突き詰めていることが伝わってくる瞬間だった。

「ここまでやるのか」と問われた坂ノ下さんは、少し照れたように笑いながら「だって“マニアックマップ”ですから」と一言。 その言葉には遊び心が感じられる一方で、地図という社会インフラを正確に残そうとする誠実な姿勢がにじんでいた。 細かさは自己満足ではなく、使う人と未来の利用者のため。その覚悟こそが、このマップを唯一無二の存在にしている。

オープンデータで残すという意思


今回のトークで繰り返し語られたのは、「万博を未来に残したい」という強い意志だ。万博の会期が終われば、建物も人の流れも消えてしまう。 公式サイトやアプリも、役目を終えれば更新が止まり、やがて閲覧できなくなる可能性が高い。だからこそ坂ノ下さんは、「今、その瞬間の情報を、誰のものでもない形で残すこと」にこだわったという。

万博マニアックマップでは、写真はWikimedia Commonsに、説明文はWikipediaに、地理情報は OpenStreetMapに蓄積されている。 特定の企業や個人が管理するデータではなく、世界中の人が自由に閲覧・再利用できるオープンデータとして保存され続ける設計だ。 「イベントは終わっても、記録は終わらせない」。その姿勢が、このマップの根底にある。

また、オープンデータであることは「残る」だけでなく、「更新され続ける」ことも意味する。誰か一人が管理するデータは、その人が手を離した瞬間に止まってしまう。 しかし、OSMのようなコミュニティベースのデータは、多くの人の手で検証・修正され、精度が高まっていく。万博最終日の状態をアーカイブとして残しつつ、その後の検証や再解釈にも耐えうる構造になっている点が特徴的だ。

「イベントが終わっても記録が残り、人々がいつでも利用できる。それがオープンデータの価値」と強調したことが印象的だった。今回のマップは“個人の成果”で終わらず、世界の誰もが使える資産として残る設計になっている点が、とても印象深い。

まとめ


今回は「地図をつくる」という行為が、単なる案内ではなく、未来へのメッセージになり得ることを示した回だった。万博に行った人も、行けなかった人も。 10年後、20年後に「大阪・関西万博ってどんな場所だった?」と問われたとき、このマップを開けば、その答えが立体的によみがえる。 坂ノ下さんの最後の言葉が、すべてを象徴している。「一発で説明できるものを残したかったんです」

万博マニアックマップは今も、デジタル空間の中で静かに息づいている。それは、一人の開発者の想いと、オープンデータを支える世界中の人々の共同作業によって生まれた、新しい“万博の記憶”なのだ。 地図・万博そしてオープンデータに対して愛が詰まった内容だった。

話し手
坂ノ下 勝幸 氏(OpenStreetMap Japan / Wikimedians of Japan User Group)

聞き手
福島 健一郎(ITビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、アイパブリッシング株式会社 代表取締役)

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