企業取材レポート

レポート

株式会社山越

話し手:山越 敏雄 社長

市内のものづくり企業の独自の技術や取り組みの情報を取材し発信することで、市内企業及びものづくり産業の発展につなげることを目指す企業取材レポート。

第4回は、「株式会社山越」。聞き手は、村田智ディレクター。

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株式会社山越

アートコミュニティ「Kapo(カポ)」と共同開発する、紙を使ったプロダクトシリーズ「ぺパラブル」が注目を集めている。
paper=(紙)+able=(できる)で、「paperable(ペパラブル)」。紙とペンで相手に気持ちをつたえるツールとして、いろいろなアイデアによるコミュニケーションを彩るペーパークラフトである。フルーツを模した付箋やアニマルボイスメモ、リーフメモなどがある。

始まりは美術館の企画展

社長によると、「最初のきっかけは、2008年の金沢21世紀美術館で開催された『金沢アートプラットホーム』という企画展。この企画の準備のために、当時館長だった秋元雄史氏より、『兼六元町から横山町にかけてギャラリーをいくつかつくりたい。その入り口として大規模な空間がある御社建物を会場としてお借りしたい』という打診があった」というのが、そもそもの始まり。
現在の千木町に移転するまでは、兼六元町に本社を構えていた。築40~50年の本社建物のほかに旧印刷工場の建物もまだ残っており、街のことを考えると、空きビル状態になっていることを山越社長はかねてより懸念していた。一方で、金沢21世紀美術館ができて金沢に新しい空気も流れている時期でもあったため、面白そうな企画だと感じ、協力することを決意したという。

「私の子供の頃は、兼六園下の交差点から賢坂辻までが兼六大通り商店街と呼ばれ、大変賑わった場所だった。東京から地元に戻ってきた時には、その往年の姿はほとんどなく、商店街の組織が解散する寸前。商店街の活性化について話をすることもあったが、残念ながら結局消滅してしまった。だが、自分が生まれ育った場所に活気がなくなり、廃れていくのは忍びない。そんな思いもあって、無理をしないレベルでやれることがあれば賛同したいという考えで、ギャラリー展開に参加した」と、山越社長は当時を振り返る。

会場設置のために簡単なリノベーションを行った。アートプラットホーム会期後半に、「せっかく生まれた場をイベント後も継続していくために」と、改装や掃除のために集まったボランティア参加者の地元メンバーが中心となり、アートコミュニティである金沢アートポート(Kapo)を立ち上げた。建物をKapoに貸して、ギャラリーと貸しスタジオのスペースとして、スペースへの入居者を募集し、運営をスタートする運びになった。

株式会社山越

印刷業の傍ら、新しいビジネスを模索

大学では建築を専攻していた山越社長は、卒業後に建築会社へ就職。家業を継がずに、ずっと建築の道でやっていくつもりだったという。しかし、1991年からのバブル崩壊にともない、家業の印刷の売り上げが急降下。インターネットの走りもあって、会社の今後を真剣に考えなければならない危機的状況となり、2000年に帰郷して、山越に入社した。
現状のままやっていても先はない。どうするのかを模索する中で、もともと自分の頭の中にあったプラン「自社商品を開発する方向」へ。とはいえ、受注産業である印刷業は注文がないとどうしようもない世界。まったく新しいものを企画する仕事となると、社員にとっても初めてのことで、とても難しい仕事だった。そんな中でも、従来の印刷業を尊重しながら、こちらから能動的に仕掛けられる商売の仕組みを、と辿り着いたプロトタイプが「水引ストラップ」だった。
水引ストラップは、過去にウェブマガジンの「イシカワスタイルズ」の仕事に携わった時、石川の伝統工芸の中で新たな活動を行う人たちを取材する折、派生的に生まれたものである。

株式会社山越

水引ストラップを、2005年の金沢21世紀美術館オープンに向けて行われていたミュージアムグッズの公募に応募。審査の結果、納入することが叶い、以来美術館との関係を地道に築いている。「実は、金沢21世紀美術館は、私の通っていた中学校跡に建てられることもあって、思い入れも強かった。かつて日本中の建築業界から設計コンペが注目を集めていたが、当時自分の所属していた建築事務所でも参加を希望したが叶わなかった。これもまた、当時の強い動機の一つになっていたかもしれない」という。
水引ストラップは、来館者の多さも手伝って大いに売れた。とはいえ、それだけで大きな売り上げが見込めるわけではなかったし、一つひとつ手づくりのため大量生産できない弱点もあった。何よりも、肝心の印刷工場が稼働するものではなかった。

Kapoとぺパラブルを共同開発

そんな折、ギャラリーの運営を担っていたKapoと一緒に何かものづくりができれば、という話が徐々に具体化していく。印刷の旧工場を改装したギャラリーを活かし、印刷の工程で出る断裁クズを床に敷き詰めた展覧会「紙の夢展」を開催。その時、「自分たちが普段気づかないこと(見慣れた断裁クズ)の中にも、もしかしたら外部の人たちから見たら、面白いことがあるのかもしれない」との考えに至った。
「印刷業の売上が下がっていくなか、とにかく何かしなければとの危機感があった。メーカーとして何かを立ち上げたい、工場を活かすものをつくりたい」。そのためには、社内だけでの開発は難しかった。若い人の力を借りたいと思っていたところ、Kapoと結びつき、デザイナーの原嶋亮輔氏とともに進めていくこととなり、ぺパラブルの開発がスタートした。
2012年9月に発売開始した第1弾のぺパラブルだが、その開発にかけたのはわずか半年ほどというから驚きだ。というのも、予め方向性を決めて、半年後の展示会出品を目標に進めていったのがその理由だという。「YKP」(山越とKapoの共同開発プロジェクト)でリリースした商品は現在ぺパラブルだけだが、これまでに、いろんな壁にぶつかってきたそうだ。

株式会社山越

全国流通を目指し、様々な課題に対峙

過去に水引ストラップ、レターセットなどは手がけたことはあったが、いずれも全国で名が通るような、例えば東急ハンズなどに置いてもらえるほどの商品にまでは至らなかった。そんな経緯もあり、最初の目標は全国流通だった。発売時はそれなりに売れたが、定期的に商品を開発することの難しさ、その環境をつくる難しさという壁に当たった。最初は手探りで、最少人数の社員が通常業務の片手間に携わっていた。スタッフ自身も未経験ゆえ、遅々として進まない部分もあったという。また、当然ながら商品をつくっただけでは広まっていかない。拡販のために営業も必要だが、誰がそれを担当するのかという悩みもあった。その頃には、スタッフの構成や投資、流通上の問題、パッケージなど技術的な問題も生じてきて、片手間では手に負えない段階になってきていた。
新しいものづくりのために、「新しい感覚のこんな商品をつくりたい」、「こんな部分を戦略的にやっていきたい」など、開発部署として戦略的に考えられる人材も必要となってきた。部署内ではスタッフの世代交代を幾度も繰り返しながら、それらの壁を乗り越えてきた。
結局、最後は「人」だった。

印刷と文具を掛け合わせ、ビジネスを広げる

「ペパラブル商品がきっかけになって、社内の雰囲気など変化したことはありますか」と質問したところ、山越社長からは同社の変遷から次のようにお話しいただいた。
「当社は元々紙屋からの創業。創業者は学校の先生だったそうで、最初の顧客は学校関係だったという。学童用の画材や文房具の販売がメインで、後に印刷業もスタートさせた。山越社長が東京から帰ってきた当時も、文具販売と印刷の2部門を継続。売上は印刷事業の方がはるかに大きかったが、印刷はペーパレスやデジタル化の流れ、文具業界もアスクルなどの通販の登場により売り上げが減少傾向に。業界の縮小にともない、同業種の競争激化が起こってくる。ならば、印刷会社としてのスペシャリティは何かとなると、会社としては今まで考えたこともなかった。印刷部門は商業印刷全般ゆえ、特殊技術があるわけではないが、唯一、文具と印刷を両方やっていることは、競合他社にはない強みだった。この特長を見つけてからは、『面白い自社商品の文具をつくることができて、自分の工場で開発できるものだったら、文具の既存の販路を活かせるのではないか』という仮説に行き着いた。
ぺパラブル開発において、いい商品をつくることと、販路をいかに拡大するか、その2つの命題に会社全体で取り組むことに意義を感じている。今まで文具と印刷の事業部は互いに何をやっているか全くわからない状態だった。新商品を生み出すにあたり、印刷部門では開発に力を入れ、文具部門では流通の知識や人脈について協力してもらいながら、販路拡大のための連携が進むことで、うまく回り始めた。
ぺバラブル商品をもとに企業のノベルティの提案を行うなど、既存の商材を活用しながら商品の差別化も可能になり、ビジネスを広げている。また、これまで商品を納入してきた顧客である県内の文具店も、同様に商売が厳しくなっていく中で、売れるオリジナル商品を納めるメリットも生まれてくる。例えば、取引先の一つである、広坂にある大気堂では、観光客が頻繁に通る立地にもかかわらず、観光客の入店頻度が低いため、ショーウインドーにぺパラブルの展示を実施した。結果、これまで入店しなかった客層が来店するようになったという声をいただいている。既存の顧客と一緒に新しい商売のかたちにつなげていくことも進めている。
当社では、2013年に『"快"Communicatoin company』というヴィジョンを打ち出し、自社商品やサービスを通じて、心地よいコミュニケーションが生まれることを目標にしている。そのために、今までやってきた事業と新規事業を相互に展開していくことを促進しながら、プラスαのサービスを展開していくことを目指すよう、社員にも求めている。」

産学連携のもとぺパラブルの商品化も

産学連携によるぺパラブル商品も展開している。石川県デザインセンターでは、石川県内の企業と学校で産学連携のデザイン開発をする事業を定期的に行っており、「参加してみないか」と声がかかったことをきっかけに、金沢美術工芸大学の学生とともにぺパラブルの商品をつくり上げる単発の企画に参加した。それを機に、同社から金沢学院大学や金沢工業大学に提案し、不定期だがぺパラブル商品の共同開発を現在も継続して行っている。
中でも金沢工業大学は、今後は女子学生を増やしていきたいとの考えがあり、女性にも興味を持ってもらえる産学連携商品への価値が見出され、実施することになったという面白い経緯もある。

株式会社山越

「メイド・イン・カナザワ」のブランド力を海外へ

同社は来年創立100周年、ぺパラブル事業は来年5周年を迎えるにあたり、一区切りとしてのイベントの1つとして、金沢という地場をテーマにした商品開発を考えている。というのは、目標である全国流通には一定の成果があったとはいえども、「メイド・イン・カナザワ」であることは、残念ながら、まだあまり知られていない状況だからである。そこをブランドとして打ち出すことには価値があることと考えている。
もう一つの次の展開は海外。今年はじめて外為口座を開設し、台湾への輸出が始まっている。今後は、さらなる海外進出を本格化させていきたいという。

海外で「メイド・イン・カナザワ」を見かけることが、当たり前になることに期待したい。

聞き手・文

村田 智(IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社MONK 代表取締役)

◆株式会社 山越
大正7年に山越徳次商店として創業。和紙やちり紙などを販売していく中で文房具販売、印刷を事業化。現在は、デジタルコンテンツメディアの制作や、オリジナル文具「ぺパラブル」「イッピ」などの製造販売等にも取り組み、取り扱う商品・サービスは多岐にわたる。2018年、創業100周年を迎える。

(取材日:2017年8月24日)