企業取材レポート

企業レポート#15

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株式会社エイブルコンピュータ 代表取締役社長 新田 一也さん

【プロフィール】 個人起業を経て1996年、会社組織に改組。大手通信会社・印刷会社など幅広い受託開発を手掛ける一方、森林開発システム「円空」、ファイル管理ソフト「ファイルクレーン」、古地図アプリ「古今金澤」などの自社開発製品が高い評価を受けている。

エイブルコンピュータ

「作りたいものを作る」と起業

スマートデバイスやコンピュータソフトウェアの開発・販売を行うエイブルコンピュータの社長、新田さんは就職後、SEとしてプログラムの設計と開発に携わっていたが、「自分が作りたいものを作りたい」と思い立ち、個人事業主を経てエイブルコンピュータを起業した。1996年、20代半ばのことだ。当時、「できれば受託開発の仕事はしたくない」と考えていたという。クライアントから依頼を受けて開発を行い、完成した製品を発注先に納品することで対価を受け取るのが受託開発である。あくまでクライアントが作りたいものを作る仕事だ。自社開発をしたいと考えても、いきなりビジネスになるわけではない。スタートアップした当初は会社を運営していくため、ソフトウェア会社などの下請けを手がけていた。

自社製品第1号は「石川県林業試験場」との出会いから開発することになった森林管理システム「円空(えんくう)」である。魚眼レンズを装着したデジタルカメラで撮影した森林写真を画像解析すると、材木量の推定値をパソコン内で算出できるソフトウェアだ。1年ほどかけて開発し、2004年に製品化。販売価格を低くしたこともあって売上そのものは大きいものではなかったが、市場から高評価を得た。

エイブルコンピュータ
森林管理システム「円空」

自社開発製品がヒット

エイブルコンピュータの大きな転機となったのは2012年に販売を開始した自社製品第2号「ファイルクレーン」である。「画面の小さいスマホで操作性を高めたアプリがあったら」という新田さんの発想から誕生した「ファイルクレーン」はスマホとタブレット対応のファイル管理アプリで、ファイルの移動やコピーが直感的に操作でき、整理や検索などに使い勝手がいい。ソフト配信サイト「アップストア」の国内仕事効率化部門で1位を獲得、さらに国立研究開発法人「情報通信研究機構」のNICT賞を受賞し、全世界で約20万本以上を販売するヒット商品となった。

この成功によって、さまざまな企業から『こんなアプリができないか』といった受託開発のオファーが数多く舞い込むようになる。現在、エイブルコンピュータの売上比率は自社開発1に対して受託開発9。受託開発の7割を大手通信・印刷会社など東京案件が占める。独自のソフトウェアやWEBサービスづくりを目指す新田さんにとって、自社開発製品の成功が結果として受託開発案件をスケールアップさせたのである。

農林業分野で技術開発

新田さんは多くの受託開発を手がける傍ら、いまも自社開発に余念がない。その一つが「円空」の技術を発展させ、ドローンとAIを組み合わせたスマート農業に関する技術開発である。

石川県内では戦後に造成された人工林の多くが伐採時期を迎える一方、所有者の高齢化などで境界が分からないケースが増えている。そこでドローンで撮影した画像からAIが樹木の種類や大きさを判別、自動的に境界を割り出すことで境界確認や伐採が効率化され、森林管理の負担が軽減する。エイブルコンピュータでは現在、このシステムを県林業試験場や金沢工大、石川県立大などとともに開発中で、2021年度中の実用化を視野に入れている。

さらに「円空」の画像認識・解析の技術を転用し、石川県産高級ブドウ「ルビーロマン」の商品化率を高める技術開発も同時進行中だ。これはルビーロマンの出荷基準項目の一つである色づきをよくするためのシステムで、スマホで房の周囲の明るさを測定、もし明るさが足りない場合は葉を除去する目安を画面に表示する。ただし、ルビーロマンの生産者は限られており、市場規模は大きくない。そこで現在、他の果物などにも転用できるシステムとして商品化を進めているフェーズだという。

「市場規模が限られた農林業の技術開発は円空の時と同じで、最初から儲かる仕事にならないと分かっていた。それでもやりたいと思ったのは、農林業に携わる人たちがとても困っていて、放置しておくと農林業が立ちゆかなくなると感じたから。ITで力になれるなら、やってみようと」。

エイブルコンピュータ
古地図アプリ「古今金澤」

古地図アプリが人気を博す

新田さんには「ほしいものがあれば、自分で作ればいい」というエンジニア魂が宿っている。それが端的に現れているのが起業20周年事業として開発したスマホ向け古地図アプリ「古今(ここん)金澤」だ。「ネットでたまたま見つけた金沢の古地図が楽しくて、これを持って散歩したいな」という発想からスタートしたアプリだった。  江戸時代(1667年)の金沢城下町と現在の金沢中心部の地図を連動させ、街歩きを楽しむ利用者は自分のいる場所が古地図でどこにあたるか一目で分かる。金沢の歴史や街並みの魅力が体感できるようにも工夫されている。

新田さん は「こんなマニアックなことを面白がるのは自分ぐらいかも」と思いつつ地元貢献を兼ねて無料配信したところ、ダウンロードは瞬く間に数万単位に達した。「古今金澤」は国内最大規模のオープンデータ系コンテスト「LODチャレンジ2017」のアプリ部門で優秀賞に輝いている。

高い専門性で問題解決に臨む

新田さんに今後の目標を聞くと、「受託開発で磨いた技術が自社開発に生きることがある。受託開発とバランスを取りながら自社開発を進めていきたい」との答えが返ってきた。受託開発の仕事で磨いた技術が自社開発に生きることがある一方で、自社開発で磨き、培った技術が受託開発にも、もちろん生かされる。たとえば「ファイルクレーン」の技術はエイブルコンピュータが受託開発した大手通信会社のアプリに脈々と受け継がれ、グッドデザイン賞も受賞している。受託開発と自社開発が会社にとって、かけがえのない車の両輪であることは間違いないようだ。

エイブルコンピュータの社員は現在、18名。新田さんは「スタッフの〝濃い〟部分を大切にキープしていきたい」と語る。スタッフはコンピュータの知識に精通していることはもちろん、法学や数学、建築などそれぞれ誰にも負けない専門領域を持つ「濃い人」が多いという。

「ソースコードを書くだけならプログラムの知識だけでよいかもしれない。でも困難な問題や社会課題を解決していくには、さまざまな方向からアイデアを出す高い専門性が必要」

ソフトウェアとはまさに多様な問題や社会課題を解決するものなのだ。

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