企業取材レポート

レポート

有限会社シーブレーン

話し手:代表取締役 井波 人哉 氏

市内のものづくり企業の独自の技術や取り組みの情報を取材し発信することで、市内企業及びものづくり産業の発展につなげることを目指す企業取材レポート。

第9回は、「有限会社シーブレーン」。聞き手は、村田智ディレクター。

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学校教材販売業の傍ら、ハンドメイド時計事業を新展開

井波氏が経営者としての道を歩み始めたのは、1980年。父親の事業を引き継ぎ、ものづくりに関わる子ども向け教材を学校などに納める「イナミ教材」を営むことになったのが始まりだった。
将来的に少子化が見込まれる中で、このまま教材販売だけを一生の仕事にするのは難しいかもしれないと思う一方、学校の授業でその教材を前にして、嫌々学習を始めた子どもたちが、最後は完成させた作品を大事そうに抱えて帰っていく姿を見ると、自分の仕事はまんざら悪くないとも思っていた。とはいえ、あらかじめメーカーがつくったパターンから選んでもらうスタイルを3、4年続けるにつれ、若干のつまらなさを感じていた。
そんな折、先生の意見を取り入れながら自分で企画し、ものづくり教材をつくる長野の教材メーカーを見学する機会があり、今まで気づかなかった事業運営や経営者の生き方に感銘を受け、自分もオリジナル教材の開発に取り組んでみることを決意。以来、教材の仕事が面白くなって意欲を燃やすようになったそうだ。

企画から教材づくりを手がけるようになり、ものづくりに目を輝かせる子どもたちの姿に喜びを感じて全国販売も検討したが、資本等の問題もあり、断念せざるを得なかった。それでも、自分の企画したものが日本中の人に喜んでもらえるものづくりを夢見てギフトショーやホビーショーなど、東京で開催される数々の展示会を探し回るうちに、一番興味が湧いたのが、ボール紙を何層も重ねてFRP(繊維強化プラスチック)で固めてつくられた紙製の腕時計だった。後日、改めて出展者を訪ねてみると、アート活動のために商社勤めから脱サラしたと言い、話を聞くうちに自分も腕時計作りに挑戦してみたくなった。それからというもの、すでに雇っていたスタッフと共にひたすら時計づくりに取り組み、時計本体も紙ではなく真鍮や銀板を使って作り、そして1年近く経った頃、友人の紹介のおかげで、「モノ・マガジン」を創刊した役員の方に見てもらえる機会を得て、その手作り時計がなんと、全国誌「世界の腕時計」に掲載された。それを機に全国の雑貨店への営業をスタート。東京在住の営業担当スタッフも加わり、3人のスタッフで事業を展開させていった。

有限会社シーブレーン

凝り過ぎず一歩控えたデザインを貫き、雑貨店から百貨店へターゲットを転換

時計づくりを始めた頃は、ちょうど「世界に一つ」とか「ハンドメイド」といったものが流行り始めていたが、製品はハンドメイド専門店に納めず、東京のおしゃれな雑貨店をターゲットとしていた。シーブレーンの時計は、「一点もの」や「作家もの」としてではなく、個性を強く打ち出し過ぎないように、また、アートになってしまわないように、「一歩控える」ことを大切にし、ベルトもユーザーが簡単に取り替えられるような形状にした。教材の企画と同様で、「最後のつくり手はあくまでお客様であって、我々がすることはそのきっかけをつくることである」との想いからだ。現在でも、井波社長はデザイナーをはじめ、工房のスタッフには、この点を意識してもらっているそうだ。
その思いが伝わったのか、その後東京・青山の雑貨店「センプレ」へ商品を納めることができ、それがきっかけにおのずと納入先が増え、ゼロだった売り上げを大幅に伸ばした。またその後、衣食住ブランドを運営するサザビーリーググループのブランド「アフタヌーンティー」から創業25周年記念品にとの話があり、条件として、生活防水機能の製品を求められた。それまでほとんどがハンドメイドだったため、生活防水には対応していなかったが、一部分を時計メーカーに製作してもらい、生活防水の機能を持たせることで、記念品に選ばれることとなった。そして全国の多くの小さな雑貨店から注文が入り、一時売り上げは伸びたが、その後急激に売り上げは減っていった。それは、12,000円台から、17,000円台へと価格が高くなったことも原因ではあったが、それ以上に、雑貨店のお客からは完全ハンドメイドならではの素朴さが好まれていたことが大きな要因であった。そこで井波社長は、「ならば雑貨店ではなく、百貨店へ売り込もう」と、ターゲットを大きく転換した。
しかし百貨店に持っていくには、何か特徴あるものを提案しなければ相手にしてもらえないと考え、悩みに悩んだところ、ふと「日本の色、日本の美意識」をテーマに作れないかと思い、美しい黒は漆だ、文字盤に漆を塗れないかとつぶやいた。
その時、会社としては、倒産秒読み段階という状況。辞めていったスタッフもいる中それでも残ってくれたアルバイトスタッフに、当時、金沢美術工芸大学の日本画を専攻し卒業していた画家がいて(現在は事業の中心となり、日本画の技術を活かした製品を手がけている)、社長のつぶやきを聞き、鉱物を砕いた岩絵具で和紙に色付けしたものを時計の枠に入れたデザインを何本か提案してくれた。岩絵具が何なのかも知らなかった井波社長だが、その美しさにただただ感嘆。並行して漆を使った時計の制作も進めながら、わずか3、4カ月の間に数点の製品を完成させた。これが岩絵具や箔押しなど、日本の伝統的な技法を取り入れた腕時計「はなもっこ」シリーズの誕生である。そしてそれらを東京のある展示会に出品したところ、「日本橋三越本店」のトップバイヤーから高い評価を受け、そのバイヤーから、地元の行政の人間に紹介をしてくれたことがきっかけとなり、平成21年度には、「はなもっこ」シリーズの腕時計が、金沢ブランド優秀新製品(現金沢かがやきブランド認定製品)の大賞として認定された。

美しさをひたすら追求したら、おのずと辿り着いた伝統工芸

井波社長は、製品を開発するには自分のような、何の知識も教養もない者の目を通して見ることが一番いいことなのではないかと考えているという。先入観を持たず、いろんなものを吸収すると、最終的なユーザーや一般の購入者と同じ思いを持つことができる。決して、伝統工芸だからとか、補助金が受けられるからといった理由で岩絵具や漆を製品に取り入れているわけでなく、ただ綺麗な色だったから使っているだけで、それがたまたま伝統工芸につながるものだっただけだという。伝統工芸やその歴史にも無知だったが、伝統工芸の背景にあるストーリーや長い歴史がどれほど素晴らしいかを知った。そのことをデパートの催事販売などで話しながら商品を説明すると、たちまちお客様の表情が変わるのがわかるという。

といっても、発売当初はあまり売れず、営業担当者から「お客様にとっては時計である以上、時間がわからないといけないのではないか」という指摘をもらった。それまでは、時間がわかることより美しければいいものだと造り手側の思い込みがあったが、直接声を聞ける営業スタッフと、何も知らない純粋な自分、知識をもっている日本画家のスタッフと、立場や環境が異なる3人で議論を戦わせ、結果、時計の文字盤に金箔で点を貼り、時間がわかるように改良した。

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高岡の鋳造技術とのコラボレーションも実現

日本橋の百貨店の催事販売に参加した際に、高岡市の鋳物メーカー「能作」の常設コーナーの横で出店する機会があり、そこで手で容易に曲げられる箸置きを購入した。楽しく曲げていくうちに、ふと、金属製の時計ベルトが同社にはまだなかったので、この素材は使えるのではと思いつき、能作の社長に連絡を取ると、すぐに快く引き受けてくれた。まずは錫100%で試作してもらったが、あまりに軟らかすぎて腕を振るだけでベルトが外れてしまう結果に。諦めかけたが、錫と銀との合金で開発を繰り返した。2年半ぐらいの長い時間をかけ、試行錯誤を重ねて完成したのが「awase 合」シリーズ。これもまた平成27年度の金沢かがやきブランド認定製品の大賞を受賞した。錫は肌に良くないのではという素人の考えにも、能作の社長は大学の調査データを出して丁寧に対応してくれ、体に害がないものだと納得できたという。「全く知らないものだからこそ、興味を持って能作さんの懐に飛び込めたし、ゼロから教えてもらったことがよかった」と、井波社長は当時を振り返る。

奥深いストーリーや歴史のある伝統美をいつか世界へ

最後に井波社長に今後の目標をお聞きした。

全く伝統工芸に関して無知だった自分が、いろんな方々にいろんなことを教えていただき、本でもいろいろなことを調べていく中で、まだまだ浅い知識しかない私ですが、ふと「おかえし」という四文字が頭にひらめいたのです。おもてなしも良いが、おかえしもまたいい響きではないか、と。
日本には、シルクロードを通っていろいろなものが中国から伝わり、それを独自のかたちにアレンジしながら守り続けてきた歴史があります。そのうちの一つである日本画は、画法として岩絵具を残している。「日本だけの技法」「日本だけの文化」という姿勢より、「元をただせば他国の人たちのおかげで今の文化がある」という「おかえし」の気持ちや、「世界共通の技法・文化を共に楽しみませんか」という気持ちを込めて売れば、世界中の人々にとってもっと受け入れやすく、もっと浸透しやすいなのではないか。
岩絵具の色は、何億年もかかってできた地球の産物である鉱石の色。アースカラー、ネイチャーカラーであり、なんと美しい色でしょう!とパリの展示会「メゾン・エ・オブジェ」でバイヤーに伝えたところ、それを理解してもらえ、共感していただき注文にもつながりました。
ただ現状は、日本でも私たちの取り組みを認知してもらうことは大変で、1店舗を増やすことも難しい。しかし、もし海外で活動してくれる人材に恵まれ、商品の背景や魅力をしっかり伝えることができれば、海外でも十分売れると確信しています。
現在、新たに手がけているのは「掛け軸の美」をコンセプトにした四角い腕時計で、平成30年中の発売を予定しています。今後は金沢のみならず、日本中の伝統工芸を時計に取り込み、ひいては世界中の素材で楽しめたら良いと思っています、と語ってくれた。

聞き手・文

村田 智(IT ビジネスプラザ武蔵交流・創造推進事業運営委員会ディレクター、株式会社MONK 代表取締役)

◆有限会社 シーブレーン
ハンドメイドの時計の企画・制作事業を1994年からスタート。日本画に用いる岩絵具や金箔、漆といった伝統技術を取り入れ、日本の美意識を表現した腕時計「はなもっこ」シリーズが好評を博し、2009年、金沢ブランド(現金沢かがやきブランド)優秀新製品大賞に。富山県高岡市の鋳物メーカー「能作」とのコラボレーションで生まれた「awase 合」シリーズは2015年、同じく金沢かがやきブランド認定製品大賞を獲得。

(取材日:2018年1月17日)